WHITE BREATH


「あああアア〜〜ここはどこオォ〜〜私はだれ〜〜!!」
「ちょっと名無子さん、やめてくださいって!」

いつもはやかましいトビの声も、特徴的なその仮面すらも、この真っ白な景色にかき消えてしまいそう。

「あんま大声出すと雪崩起きますよ雪崩! あと体力無駄に使っちゃいますからね!? 自殺行為ですよ自殺行為!」

はあ〜〜、この男、こんなときに限って突然冷静に突っ込んでくるのもムカつく。

(自殺行為、たってねぇ……雪崩なんか起きなくてももう、私たち死にそうじゃない)

……そう。私たちを取り囲む白、白、白。
何を隠そう私とトビは今、吹雪吹き荒ぶ雪山に来ている。
そして、認めたくないからずっと心の中では否定していたけれど、どうやら私たちは所謂遭難という状態に陥っているらしい。あーあ、やけくそで叫び出したくもなるってもんよ。

けれども、寒さのあまり口を開けて会話するのももはやしんどくなってきたので、これはいよいよヤバイかもしれない。

(あぁ……わたし、こんなところで死んじゃうのかな……)

そもそも、何故こんなところへやって来たのかというと。
なんでもこの山の上には、どっかのお金持ちさんが建立したありがた〜いお寺だか神社だかがあって、そこには霊験あらたか〜な宝物とやらが祀ってあるらしい。のだ。
どうもそのお宝というのが特殊なチャクラの込められた逸品とかなんとかで、探し出しあわよくばゲットしちゃおうぜ! というのが今回の私らの任務だったわけで……しかしいかんせんこんなの聞いていない。こんなヤバイ雪山だったなんて聞いてないよリーダー。


「あっ、せんぱい!」

にしても、足の感覚もそろそろなくなってきた……というか、トビはまた随分と元気だなァ――、

「見てくださいよあれ! ロッジですよロッジ!」
「――えっ? ウソっ!?」

トビの指した方角へ必死で目を凝らすと、確かに、そこには何か建物のような影が見えた。

「ああっ、助かった!」
「よっしあと少しっ、頑張りましょ先輩!」



* * *



それから私たちは、気力を振り絞って無事山小屋へたどり着いた。
きっとやって来る参拝者やら何やらのために建てられた小屋なのだろう。造りは案外しっかりしていた。……けれど。

「あ、ぁ……寒い……もう駄目……、」
「ちょっと待って、先輩……毛布ならありました、はい」
「あ、りがと……」

とにかく、思った以上に物資がない。食糧も、薪もない。かろうじてよれた毛布は見つかった。

「ハア、マッチも見つけたと思ったら、湿気っててつかないなんて……どうしましょう?」

どうしましょう、なんて私が聞きたいわよ。

「あ、ぐっ……」

せめても、とダメ元でクナイを打ち合わせてみたりしたけれど、手が悴んでしまってまともに動かない。

「トビ……」
「はい?」
「あんた、火遁は使えないんだっけ……」
「使えたらとっくに使ってますって」
「だよね……」

万事休す、か。

「お父さん、お母さん、ごめんなさい……名無子はここで死にます……」
「ちょっ、名無子さん」

薄れそうになる視界をトビに揺り起こされる。

「安心してくださいって! ボクが傍にいます!」
「トビ……」
「そう! 死ぬときはボクも一緒! 二人一緒ですからね!」
「…………」
「というか二人っきりってこの、雪山で遭難ってヤバくありません? ベタっていうかありがちなんですけどォ、ここはもうどうせ死ぬなら温めあって……名無子さんの肌で、というか腹の上で――ってグッハァッ!?」
「ああ、もう死ぬ……今のパンチで力尽きた死ぬ……」
「エエ〜ッ名無子さん待ってェ!!」

ぶんぶん、と勢いよく揺さぶられ頭がフラフラする。

「ボク、まだ名無子さんに言ってないことがたくさん……ねえ、名無子さん……!」
「……」
「グスッ、ねえほら、憶えてますかあの日……二人で一緒に並んで食べたケーキ……」
「……」
「すごく美味しかったですよね、あれ……それで名無子さんお持ち帰りで買ってた、アップルパイ……大事にとってたやつ、あれ食べちゃったのボクなんです、アジトで、ごめんなさい……」
「……」
「あとあと、こないだ名無子さんが新しく買ってきた下着、隠したのボクなんです……いや、やましい気持ちじゃなくって! ただあれちょっと派手すぎません? 真っ赤な下着だなんて名無子さんにはまだ早すぎ! ボクあんなの許しません! 一体誰に見せる気なんですかあんなエッチなやつ!? 勝負下着なんですか、ねぇ、ボクですかボク!? 名無子さん!?」
「…………」
「それからァ、確か名無子さんが失くしたって困ってた忍術書、ボクが借りパクしちゃってて……本当は返そうと思ってたんスけど実はコーヒーこぼしちゃって……あと名無子さんが気に入ってた花瓶割っちゃったのもボクだし、限定品の――」
「……」
「――ねえ、聞いてます、名無子さん!!?」

……聞こえてない。

アーアー、何も聞こえてないぞ私。
だってねえ、雪山で凍え死にそうなんて今際の際に、どうしてこんなわけもわからんしょうもない懺悔を聞かなきゃならないの。
悲しい。悲しすぎる。なんて可哀想なんだろう名無子ちゃんは。

「アア〜〜ッ名無子さんっ、寝ないでッ!」
「っへぶぶぶぶぶッ!!」

いたっ、いったァ!!
何が悲しくて変態仮面男のビンタなぞ受けにゃならんのじゃわたしゃあ!?
確かに、確かに意識は多少はっきりしたけれど。不快感の方が圧倒的に勝ってるわコノヤロー。

「名無子さんッ、今ボクがあっためますから! 気を確かに!」
「あ、やめて」
「わっ名無子さん起きたあ!」

ガシッ、とトビが私の服を掴む気配がしたのでそこは全力で阻止した。

「う、さむ……だめ、意識が……もう無理……」
「だからホラ! 服脱いで素肌と素肌で――」
「無理……」

俗にいう“楽になる”ってこんな感じなのかな。っていう感覚が急激に襲ってきた。

“名無子さん! 名無子さん!”

トビの必死に呼ぶ声も、どこか遠くでこだましていた。
もはや消え失せてしまったあの憎いオレンジ仮面を思い描きながら、私はひっそりと後悔した。

(そいや、私もまだ……やり残したことが……)

(死ぬまでに絶対その仮面の下見てやるって、思ってたのにな、ああ……)



* * *



パチパチ、パチパチ、と。何か弾けるような、小さな音が耳に入る。

(……、ん……)

とてもあったかい。ぬくぬくしてて、なんだかほわほわで。
あ、わたし、天国に来ちゃったのかな。なんて思ったりして。
でももう、なんでもいいや。とにかくもう、動きたくない。心地よくて、ずっとこのままでいたい。

「んん……、」

温かくてすべすべなそれに頬を寄せていたら、何かゴソゴソと動く気配がした。
離れてしまうのが嫌でいっそうしがみついたら、「ハア」とすぐ近くでため息が聞こえてきた。

「ん、う……?」

徐々に目蓋が開いていく。
ぼやけた視界の端で、暖炉の薪がパチパチ燃えていた。

「先輩、もう起きたんですか」

え、と恐ろしく間抜けな声を漏らした私は、聞き慣れたその声で徐々に意識を引き戻される。

「あ、あ……、ちょっと何すんの離れて! 変態っ!」
「待って先輩、それはっ!」

バッと飛び起きて咄嗟に距離を取る。状況的に「トビに抱きしめられてる」と理解して、反射的にとった行動だった。でもそれは墓穴だった。

「――っ、イヤアーッ!!」

しんっじらんない、だって私、包まってた毛布から抜け出してみたらすっぽんぽんだったんだもの。

「イヤイヤイヤっ、うぅっ、見ないで……って、え?」

どうにかマントを手繰り寄せて、ひとまずトビに一発お見舞いしてやろう――と、構えたところで、私は思わず固まった。

「え……?」

いやもうほんと「え」としか、だってそこにいたのは、見たこともないイケメンさんだったから。

「え……?」

頭上に次々とハテナを浮かべていたら、そのイケメンさんは「ハア」とどこか聞き覚えのあるため息を漏らした。

「もうしばらく寝ていろ」

あ、皺の寄ったその表情とか、ちょっとかっこいいかも。とかなんとか考えているうちに急に意識が遠のく。
最後に、彼の瞳が赤く輝いたような、気がした。



* * *



「ん、うぅ……」

パチパチ、パチパチと、何かが弾ける音が聞こえる。

「ん……?」

目を開けると、視界の端で、赤々と焚火が燃えていた。

なんだろう、そのとき不意に「テイクツー」という言葉が頭を過ったのだけど、わけがわからない。そしてそんな違和感は、すぐに姦しい声によってかき消された。

「名無子さあァーん!! 起きたんっすねええ!!」

うおーんうおーんと、大袈裟に泣く素振りで抱き着いてきたのは、紛れもなくオレンジ仮面のトビだった。

「トビ……?」
「ほんと、よかったっす……あのあとたまたま湿気ってないマッチが見つかってぇ……」
「……」

……そっか。なんだかスッキリしないものが残るけど、まあともかく私、助かったんだ。

起き上がろうとした瞬間、かけていた毛布がずり落ちそうになって咄嗟に引き寄せてしまった。なぜだろう。
自分でもよくわからないけど、隠さなきゃいけない気がして。といっても毛布の下はいつも通り、なんの変哲もない黒装束に、暁のマントを羽織った自分の体があるのみだった。

「なんか私、変な夢でも見てたみたい……」
「変な夢?」

そう。あんなのまるで私、欲求不満でも――って、あれ、なんだろう。
なんだかすっごく恥ずかしい夢だった気がするのに、あれっ、まったく思い出せない。

「そんなことよりほら見て、名無子さん! 外はすっかり晴れてますよ!」

トビに促されるまま目をやると、外は一面の雪景色にキラキラと日光が反射している。

「眩しい……」
「いやぁ、ダイヤモンドダストってやつですかね! いいもの見れましたねっ!」

こんなに日が昇ってるなんて、私、いつの間にかすっかり寝てたんだなぁ。

というかコイツ、なーに「めでたしめでたし!」みたいな雰囲気醸してんだ、とも内心悪態ついたけど、疲れもあって声には出さなかった。

ただまあ、確かに。昨日の荒れ模様が嘘のようなその光景は、案外悪くないものだな、なんて思っちゃったりもして。



* * *



――その後。

「――っ、イヤアアア!!」

なんとか任務を終え、アジトに帰還してひとっ風呂浴びようとした私が、服の下から現れた真っ赤な下着に仰天させられたのはまた別の話。


END

(2018/03/12)

*Thanks for your request !
トビorオビトで雪吹雪くロッジに二人


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