私をそこへ連れてって


「はあ……」
「いい加減ため息ばっかり吐いても仕方ないだろ、ほら」
「うん……ありがと、ゼツ」

そうは言っても、自然と出てしまうものはどうしようもない。しかもこんな、体が弱っているようなときは決まって心も弱くなってしまうのが人というものなのだ。

「よりによって、こんなときに風邪だなんて……」

ぼんやりと外を見遣る。窓際には、ゼツが今しがたお土産にと持ってきてくれた、小さな雪だるまが置いてあった。

「私も行ってみたかったな……」

はあ、とまたひとつ、ため息が落ちた。



――数週間前のこと。
トビ……もといマダラが、今度鉄の国へ行くというので、私はもうそれは張り切って準備をしていたのだ。

『遠足じゃないんだぞ』
『わかってるって! だって鉄の国だよ? 鉄の国といえば、雪でしょ雪!』

何を隠そう、私は生まれてこの方、雪というものをまともに見たことがない。
だから遊びじゃないってのはわかってるんだけど、どうしても浮ついてしまって、本やら雑誌やら読んでちゃんと雪国というものを予習して、道具だって防寒着とか滑らない靴とか色々用意した。……それが。

『なんだお前、風邪か』
『うぅ……、ごめんなさい……』
『……ハァ』

まさかの前日になって体調不良。昔っから滅多に風邪なんて引かない丈夫さが取り柄だったのに……こんなときに限って。
本当は無理にでもついて行こうかとも思ったけど、「病人にいられても迷惑だ」なんてピシャリと言われては黙るしかない。

『まあ名無子、お土産なら持ってきてやるからさ』
『……ゼツぅ……』
『ほら、行くぞ』

それに、本当は聞いてたんだ。寝込んでいる間マダラが、「いずれにしても、こんな浮ついたヤツじゃ戦力にはならん」って、ゼツと話してたの。全く、仰る通り、その通り。なんだけど……私は密かに、熱に浮かされながら枕を濡らした。



そうして冒頭の通り、戻ってきたゼツはお土産に雪だるまをくれた。
私はその可愛い雪だるまが融けてしまうのがもったいなくて、こっそり冷蔵庫にしまって保管することにした。

にしても、だ。
数日経って、ようやく風邪も良くなってきたのに、あのマダラときたら一向に顔も出さない。
まあ確かに、今は大事なときなんだってゼツも言ってたし。私なんかに構ってる場合じゃないってのは百も承知だけど。


「はあ……」

「また溜息か」

「!!?」

しかし決まって彼が来るのは突然というもので。
調子もそろそろ元に戻ったし、鍛錬がてら少し体でも動かすか……とか考えていたらヤツが現れた。

「マ、マダラ!」
「なんだ名無子、もうすっかり元気そうだな」

土産を持ってきてやったぞ、と随分偉そうに彼は言った。

「お前、ゼツが持ってきた雪だるまを後生大事に保管してるんだってな?」
「なっ、なぜそれを……」
「フン。まあ快癒したならそれでいい。少し目を瞑れ」

え、とか言う暇もなく強制的に視界を塞がれ、気がつけば私は妙な感覚に飲まれていた。そう、この感じ……この感じはまさしく、

「神威だ」

と、思い当たる頃には私は突然めちゃくちゃ寒い空間に立たされていた。

「え、なにこれっ! さっむ!」

思わず体を擦りながら震えていると、隣にいたマダラが「見たかったのだろう?」と肩を叩いた。

「有難く思えよ。持ってきてやったぞ、雪」

いや……確かに。見渡す限りの雪、雪、雪。見たこともない景色が周りに広がっている。
けれど辺り一面の白は、私が思い描いていたのとはちょっと違う。というかだいぶ、むしろ全然、思ってたのと違う。

だってここ、神威空間だよ?
私はこう、雪景色といったら、どこまでも広がる真っ白な雪原に、きらきらと眩い朝日が差してきて……みたいな、そういうのを想像していたわけ。でもここは、どうあがいても無味乾燥な殺風景で、光のひとつも差さなくて。

「う、う……」
「なんだ? 言葉も出ないほど嬉しいか」

嫌味、でやってるのかな、これ。それとももしかして、本気で良かれと思ってやってくれてるの?
それがわからなくて、私はただ立ち尽くすしかなかった。

「……は、はっくしゅ!! ――ってわっ!」

不意に鼻がむずむずしてきて、くしゃみをしたらはずみでバランスを崩した。
それがそのまま雪に足をとられて、ずるっと嫌な効果音が聞こえたような気がした。

「ああっ! ってちょっ、いたあっ!」

咄嗟に隣にいたマダラの腕を掴もうとしたら、スカっと思い切りすり抜けて、私はずってーんと派手に転んでしまった。

「痛ぁ……もう、なんなの……」
「それはこっちのセリフだ。オレを巻き込む気か」
「……」

いや、確かにそうなんだけども。ちょっとくらい助けてくれたっていいじゃない。どうせ私ひとりくらい支えるのも難なくできるくせに。

「うぅ……病み上がりなんだから、少しは優しくしてくれても……」

なんてボヤいていたら、マダラはすっと手を差し出してきた。

「ほら」
「え……」
「早く立て」

まさかそう見せかけてまたすり抜ける気では? と疑ってしまった私をよそに、マダラは普通に助け起こしてくれた。

「あ、ありがと……」
「いや。怪我はないか?」
「うん。ちょっと腰が痛いけど、だいじょう――」
「だろうな。これだけ脂肪がついてて助かったな」
「……」

あの、やめて。さも平然と人のお尻を擦るのはやめて。
無言でどうにかその手を引き剥がすと、マダラは急に突拍子もないことを言い出した。

「せっかくだから雪合戦でもやるか」
「えっ!? 雪合戦?」
「ああ。付き合ってやるよ」

わあ、ほんとに? なんて無邪気に喜んだのも束の間。

「いや、待って……待って、アンタと雪合戦って、嫌な予感しかしない」
「ん? なんのことだ?」

なんのことだ、じゃないよこのすっとぼけ野郎。
いくら私だってアンタに雪玉をいくら投げたところで当たりゃしないことくらいお見通しだわ。
それに当たったら当たったで、報復と称して私が雪だるまになるくらい雪玉まみれにされそうなことは嫌でも想像できる。

「え、遠慮しておきます……」
「そうか」

せっかくこれだけ雪を集めてやったのにな、と言う彼になんだかちょっと申し訳ない気持ちになった。けど絆されてはいけない。

「あの、マダラがさ……私のために、こうして用意してくれたってだけで十分だから。私、嬉しかったよ。ありがとう」

まあ、この言葉も別に嘘ってわけじゃない。半分くらいは、本心、かな?



「――ックション!!」

「……で? またベッドに逆戻り、ってわけ?」
「馬鹿ダナ」

「うぅ……っ」

やはり病み上がりにあれはきつかったか。翌朝私は体に違和感を覚えて、気がつけば風邪がぶり返していた。

「ま、しばらくまた安静にしてなよ」
「ありがとう、ゼツ……」

弱っているときはちょっとした優しさが身に沁みるなぁ。
見舞いに来てくれたゼツを見つめながらしみじみと思う。

そのせいか、やけにあの人のことが頭に浮かんで離れない。


『ねえ、今度は本物の銀世界に連れてってね』
『……ああ、そうだな』
『約束?』
『約束はできない。オレは忙しいからな。……だがまあ、考えておいてやる』

考えておいてやる、か。
その素っ気ない返事がどうしてか、それだけでとても、とても嬉しかった。私って、単純なんだ。

「……ふふ、ふふふ……」

「ナンダ、気持チ悪イナ」
「こりゃ重症だね」

「…………」



END

(2018/01/27)

*Thanks for your request !
マダラに銀世界を見せてもらう


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