Spring comes after winter


「はあ」

寒い寒い冬景色の中、大きなため息が落ちる。

「やっぱり私って、子どもっぽいのかな」

ひとり座り込んだ名無子は、遠く離れた人混みへ憂いの眼差しを投げかけた。

「オビトさん……」


今日は1月1日。里中が新年の歓びに沸く日だ。
そんな日に名無子は、思い切って意中の“あの人”に誘いをかけ、二人きりで会う約束を取り付けた。あっさりとオーケーの返事をもらえたときには少々拍子抜けしたものだが、それもあっという間に緊張と喜びの連続に変わっていった。

「どこか行きたいところでもあるのか?」
「うん! 初詣にも行きたいし、初市見て、それから初売りも――」

オビトと名無子。普段は互いに任務もあるため、こうしてゆっくり出歩けることはあまり無い。周りの人々の空気も手伝って、名無子はどうしても浮ついてしまう自分を感じていた。


「あっ、見て。これ可愛い」

道すがら、名無子が手にしたのは小さな犬の根付だった。


「ねーねー、かあちゃんこれ買ってー!」
「こらっ、ダメだって言ったでしょ! 戻してきなさい! おもちゃは3つまで!」
「ええーッ」
「わがまま言ってるとお年玉取り上げるわよ!」
「ぶう〜〜」

ちょうど店の前で子どもたちがわいのわいのと騒いでいるのを見て、思わず「ふふっ」と名無子は目を細める。


「なぁんか、いいなぁ」
「ん?」
「……ああいうの」

それから一旦根付を棚に戻すと、「買わないのか?」とオビトは問う。

「うん、とりあえずはいいや。他にも色々見たいのあるし」
「それくらいオレが買ってやろうか?」
「ええ? いいって」
「ほら、お前にも“お年玉”やらないとな」
「……お年玉?」

「ん、どうだ?」と覗き込んでくる目に全く悪気の色はなく、名無子は複雑な面持ちで顔を逸らした。

「……いい、やっぱり、いいって」
「……名無子?」

足早に店を去る名無子をオビトも追う。


「……なァ、さっきからどうしたんだ? 具合でも悪いのか?」
「ううん……なんでもないよ」

そうしてしばらく二人で歩き、いくつかの店を覗き、神社で初詣も済ませたが、名無子の気持ちは一向に晴れない。

(こういうところが、やっぱり子どもっぽいんだって……わかってるんだけど、なぁ)

あからさまに落ち込んだ様子でいるのも申し訳なくなり、名無子はふるふると頭を振る。

「ねえ、オビトさん。少し歩き疲れちゃった」
「そうか。じゃああの辺りで少し休むか」
「うん」

人混みを抜けて、神社の離れの小さな階段に腰掛ける。

「ううっ、冷たっ」
「ははっ。そうだ、何か暖かいものでも買ってきてやるよ」
「うん……じゃあ、お願い」

オビトの背中が離れていったところで、名無子はひとつ自分の頬を叩いて、はあ、とため息を吐いた。

「お年玉、か……」

まさかそんなことを言われるなんて、思ってもみなかった。それに、たったそれだけのことで、ここまで自分がショックを受けるなんて。それこそ“大人げない”とは、頭ではわかっているはずなのに。

「オビトさんにとって、私って……子ども、なんだなぁ」

あのときの彼の表情。きっと、冗談めかしたあの言葉に深い意味など無い。けれどだからこそ、名無子はそのふとした瞬間に“溝”を感じ取ってしまう。

年の差にしたら十も離れていない。それでも、いくらあがいても埋められない、絶対的な差を名無子はずっと感じていた。今日、二人で出かけることをあっさり承諾してくれたのだって、本当は自分を大人として、異性として見ていないからなのかもしれない。そう思うと、思考がドツボにはまっていくようだった。

「はあ。帰ってくるまでに、シャッキリしようと思ったのに」

名無子は立ち上がると、薄く雪の積もった神社の裏へ足を向ける。
先程まで表にはたくさんの人だかりができていたのに、少し歩くだけでその賑わいもすっかり遠くになっていた。


「――って、ちょっと……」
「大丈夫――」

「……?」

そんな中、ふとどこからか話し声が聞こえてきて名無子は立ち止まる。反射的にそちらへ目を向けると、物陰に、二つの人影が寄り添い立っていた。……と、いうよりも。

「んっ……」
「はあ……」

「……、」

絡み合う男女の光景に名無子は思わず固まった。そして。

「やっ……あっ、」


「――ストーップ」
「!!」
「シッ! 動くなって」

急に視界が真っ暗になって、名無子はビクッと身を震わせた。その上、口まで塞がれてしまい混乱は最高潮に達するが、数拍して、耳元に聞こえる声がやっと誰のものか理解した。

「……行くぞ」

ヒソヒソ、と語りかける声に名無子は小さく首を振った。


それから名無子は、いつの間にかさっきまでいた離れの前に立っていて。その隣でオビトが苦笑いしている。

「いやぁ、やっぱ良くないよな、出歯亀は」
「……」

「ほら、しるこ」
「……」
「……いらないのか?」

俯いたまま、じっとしている名無子にオビトはやれやれ、と息を吐く。

「ちょっと刺激が強すぎたか? お前にはまだ、ああいうのは――」
「――た、」
「ん?」
「……また、そうやって」

名無子が言葉を詰まらせると、オビトも異変を察したのか、「どうした」と努めて優しく問いかける。

「私は、子どもじゃないです」

小さな名無子の呟きも、しん、とした空間でははっきりオビトの耳にまで届いていた。

「私だって……もう、お年玉なんていらないし……さっきの、だって……」

「私だってもう、立派な、大人です」と。名無子は言い切ってそのまま、オビトの顔を見ることもできず、じっと己のつま先を見つめた。


「……名無子」
「……?」

不意にオビトが、名無子の肩に手をかける。
そうして再び、名無子の視界が真っ黒に染まったので、何事かと顔を上げれば、

「――ん、」
「ふ、」

唇の端にふっと、何か、柔らかい感触がぶつかった。


「――……、」

視界を塞いでいた手のひらが離れて、名無子は、ポカン、と目の前に立つその人を見上げる。

「……子どもじゃない、んだろ?」
「……うっ、」

「うわあああ!」と名無子が声を上げて顔を覆ったのが数秒後のことで。あまりの反応に当のオビトも狼狽する。

「うっ、う……」
「……な、なあ? 名無子?」
「……、」
「……ほら。しるこ、冷めるぞ」

おずおずと差し出されたそれを、名無子もやっとのことで受け取った。

「……ほら、あとこれ」
「……え?」

もうだいぶ冷めていたおしるこを二人で啜っていると、オビトはまた小さな包みを取り出す。

「……くれるの?」
「ああ。開けてみな?」

チリチリ、と小さく鈴の音が鳴ったので「まさか」と名無子は疑ったが、果たしてそれは、名無子が店で手に取った犬の根付だった。

「ほら、オレの分もあるぞ」

オビトが指し示した腰のポーチには、確かに、名無子と色違いの犬が揺れていた。

「……お揃い」
「ん」
「……オビトさん」
「うん?」
「……ありがと」

ああ、と笑うオビトに名無子もはにかみながら応えた。



「もしかして、それでさっきまで落ち込んでたのか?」
「……、そんな、こと……ある、けど……」
「……悪かったな。お前の気持ちに気付けなくて……」
「ううん……私こそ、ごめん」

「ま、これでわかっただろ? 本当にガキと思ってるわけじゃないって」
「う、うん……わかった、かも」
「……かも?」
「うっ、ううん! 十分わかりました!」
「ならよろしい」

急に縮まったり離れたりする距離に、名無子はドギマギしっぱなしだった。

「……これ以上色気づかれても、それはオレが困るしな」
「……え?」
「なんでもない。ほら、あっちの店なんかどうだ?」
「あっ、待ってって!」



――それから。帰り道のこと。

「ふ〜、色々買っちゃった。今日は楽しかったね、オビトさん!」
「ああ……っと?」

「あっ、オビト! に名無子のねーちゃん!」

「あ、ナルトくん。あけましておめでとう」
「おい、なんでまたオレだけ呼び捨てなんだよ、ナルト!」

ニシシ、と満面の笑みで駆け寄ってきたのは黄色いツンツン頭の、ナルト少年だった。

「あけおめだってばよ! ふたりともっ、ほい!」
「ん?」

元気よくパーに開いた手のひらを差出してきたので、名無子が頭上にハテナを浮かべていると、キラキラの眼差しがオビトと交互に向けられる。

「お年玉!!」

「え……」
「――ふっ、ああ、そうだったな」

オビトが名無子の方に目配せして笑うと、名無子は赤くなって少しだけ頬を膨らませるのだった。


「よかったな、大人扱いしてもらえて」
「うっ、うう! やっぱりこういうときは子どもでいい、かも……」


END

(2018/01/02)

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オビトさんとお年玉の話


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