バースデー・カプリッチオ
「ねえねえ、トビさんの誕生日って、いつ?」
「……は?」
全くもって思いもかけないそのセリフに、我ながら間の抜けた声が漏れた。
「だーかーらー、誕生日、いつ? って訊いてるんです」
「……その問いにオレが答える義理はあるか?」
「は?」
「…………」
……なぜ今度はオレの方が、「は?」などと半ばキレ気味に返されなければならないのか。コイツの思考回路は一体全体どうなっているのか、ほとほと理解に苦しむ。
「祝ってあげるって言ってんの! だからさ! ねっ!」
会った頃に比べて随分馴れ馴れしくなったものだな……と苛ついているオレを他所に、名無子はその目をキラキラと輝かせている。これはどうせ、何かろくでもないことを企んでいるに違いない。
「フッ……誕生日など……とうの昔に捨てた。オレは今や誰でもない……誰でもいたくないのさ……」
「え〜〜〜っ、もしかしてトビさんって、誕生日、ないの……? うわ、かわいそう〜〜〜」
「……」
……なんだ、なんなのだこの感情は。
せっかく人が決め台詞をキメている最中にも関わらず、コイツは容赦なく被せてくる。おまけにその憐憫の目ときたら。
「く……ククッ、名無子、このオレをここまで怒らせるとはな。こんな奴は久しぶりだよ」
「へえー、そうなんだ。それじゃあ、プレゼントはなにがいいですか? ていうかパーティーしますよねパーティー!」
「いいから人の話を聞け」
「ぐはっ! なんでキックするんですかーやだー!」
思わず特大のため息が出る。コイツと話すのは疲れるのだ、あまりにも。
「あのね、本当は逆に、私がトビさんにプレゼントねだろうかなって思ってたんですよ!」
「はあ?」
「今年の私の誕生日に! でも一方的に祝ってもらうのも申し訳ないんで、トビさんの誕生日も祝っといていっちょ恩でも売りつけとこうかと」
「お前、またわけのわからんことを……」
「でも誕生日がないならしょうがない! 代わりに今度プレゼントおくりあいっこしましょう!」
……いや、話の前後が全く理解できないのだが。
「トビさん誕生日ないんでしょ? だったらこの機会に、私と合同でお祝いしときましょうよ!」
「パーッとやっちゃいましょうパーッと!」と意気込む名無子に思い切り顔を顰める。
「次会うときまでプレゼント用意しときますので! トビさんも私にとっときのプレゼント、よろしくお願いしますよ!」
「……、……」
「楽しみだなー、プレゼント交換会!」ともはや聞く耳を持たないコイツを残し、オレは無言で神威空間を去った。
……それから、二週間ほどだったか。
そんな珍妙なやり取りがあったことすら忘れかけていた頃、事件は起きた。
「ハッピーバースデー、トビさ〜〜ん!」
「……っ!!」
オレとしたことが不用意に神威空間へ飛んでしまった。その瞬間、パンパンと次々に炸裂する音と衝撃がオレに襲いかかる。
「キャーーッ、燃えちゃう、燃えちゃうよトビさん! どうしよう!」
「クッ……、」
普段はそれこそ神威で躱すものだが、こちらへ飛んだ直後とあって油断していた。ジリジリと焦げたマントの裾を引き千切り、床に踏みつけ消火する。
「……で? 一体なんのつもりだ、これは」
「ぐええ。ぐ、ぐるじいよ、ドビざん」
「なぜオレはお前に、起爆札を食らわせられねばならんのだ? ん?」
「く、クラッカーのつもりで……」
「……」
「見つからなかったので……代わりに……」
「ほう……」
てへ、と舌を出す名無子の腹を軽く殴ると、「グエッ」とまるでカエルのように鳴いた。
「グスン……ごめんなさい……」
「……」
「ちゃんとプレゼントは用意しましたから……だからゆるして……」
ささ、と名無子が差し出してきた包みを、一応は受け取る。
「さあさあ! 開けてみて!」
さぞかし自信満々なのだろうな、その満面のドヤ顔はこの上なく鬱陶しいが、言われるがままに包みを開く。
「これは……!」
「どう? すごいでしょう?」
――ああ、それは紛れもなく。この世に二つと存在しない、土の国の秘宝。大粒の宝石が嵌め込まれた、金色に輝く宝具だ。
「…………」
「……ね?」
「…………」
「なあに? 感動のあまり、声も出ないの?」
「……、考えてみたら、当然だった」
「え?」
「これは以前オレが、この空間にしまっておいたものだろうが!」
「いでっ! いでででっ!!」
なにがプレゼントを用意するだ。ここにあるものなどほとんどオレが放り込んだブツなのだから、端からオレのものに決まっているではないか。アホらしい。
「ああ〜〜ッ! 待ってトビさん、私はプレゼントもらってないぃ〜〜!」
「うるさい」と図々しくも縋り付いてくる名無子を足蹴にすると、再び「ぐえっ」とみっともなく鳴いた。
つづく?
2019/02/10
Happy Birthday?