その女、原住民につき


その日もいつも通りのはずだった。
いつも通り、オレは「トビ」として暁での役目をこなし、「マダラ」として影から月の眼計画に邁進する。

「……?」

おかしい、とふと小さな違和に気がついたのは、巻物を取り出そうとしたときだった。

任務の最中、標的から奪取し神威空間へ飛ばしておいた極秘事項を記す巻物。いつものように、神威でそれを取り出そうとしたのだが、妙な感覚――なにかが突っかかるような不快な感覚だけが、尾を引いて残る。

仕方なしに一旦神威空間へ飛んでみると、そこには信じられない光景が広がっていた。


「……、なんなんだ、お前は……」

「――えっ、誰!? だれですか、あなた!?」

ビクッ! と大袈裟に震え振り返ったのは、見たこともない女だった。しかもその手元には。

「なぜお前がそれを持っている……」
「あ、えっ、すみませんっこの巻物、あなたのだったんですね!」

オレの圧力によほど焦ったのか、女はやけに俊敏な動きでその巻物を突っ返してくる。

……いや。それにしても、だ。

(……この女、一体どこからここへ入った……?)

当然オレが意図的にコイツを飛ばした事実はない。かと言って偶発的に巻き込んだような覚えもないはずだが。まあいい。

(いずれにせよさっさと放り出すだけだな)

巻物を見られたことを鑑みてタダで逃がすわけにはいかないが、ひとまず処遇はあちらに戻ってから考えることとしよう。そうして女へと手を伸ばしたときだった。

「え、なんですかなにするつもりで、…!?」

肩に触れ神威を発動させようとするが、またあの妙な感覚に支配され、全く手応えがない。

「ぐっ、や、めっ!」

女は女でまるで身体に激痛でも走ったかのように蹲り、そのままオレから距離を取った。


「……、う、な、なんなんです、あなた……っ、いきなりこんな、意味わかんない……」
「……、……」

そのセリフ、そのままそっくり返したいわけだが。さすがに口には出さなかった。

ややあって落ち着きを取り戻したらしき女は、懐からクナイを取り出しこちらに構える。

「そ、そっちがやる気なら、私だって…!」
「……お前、そのクナイは……」

あからさまに腰の引けたコイツに脅威など微塵もないが、手にしたやや大きめのそのクナイに目が留まる。

「お前が持っていたのか……」

しばらく前に、この神威空間へ特注品のクナイをいくつか保管していたことがあった。厳密な管理はしていなかったため数が一つや二つ減ったところでさして気に留めてもいなかったが、まさか。この女がくすねていたというのか?

(だが、そうなると……。この女、一体いつからここにいた?)

疑問を抱きながらも一歩、女の方へ近づくと、

「そっ、それ以上っ、こっちに来ないで、よ…!」

オレがよほど恐ろしいのか、ガタガタと震える足が二歩三歩と後ずさる。

「む、無理……勘弁し、」
「おい……それ以上は、」

思わず手を伸ばすと女はものすごい勢いで後退し、仰け反り、そして。

「――ッ、ああああああああぁぁぁぁぁぁぁッ……――」

「……、……」

足を踏み外して、落ちた。


「……、……」

背後をロクに確認もせず動き回るからだ…いや、そんなことはこの際どうでもいい。

「……死んだ、のか」

その可能性に思い当たり、正直オレは狼狽した。なぜなら、この神威空間で「落ちる」などと、そして「落ちたらどうなるか」などと考えたこともなかったからだ。怖いもの見たさだろうか、女が落ちていった足場から下を覗いてみるが、深い闇が広がるだけで何も見つかりはしなかった。

(……まあいい。手間が省けたのならそれで)

肝心の巻物は見つかったわけだしな。と、やや釈然としない気持ちは残るが、オレは神威空間を後にした。



数日ほど経った頃だろうか。あの日の出来事が夢幻にでも思えてきた頃だが、その違和感はまた不意に訪れた。

(……この感覚は……)

デイダラに押し付けられた起爆粘土。一度神威空間にしまったものを取り出そうとしたとき、あの嫌な感覚が蘇る。
咄嗟に神威で飛んでみると、これまた信じがたい光景が広がっていた。


「へ〜〜、なにこれ楽しいー!」

「……、」


豚のような猫のような謎の粘土を手にしきゃっきゃと騒いでいるのは、忘れようもないあの女であった。

「――あッ、なんでっ、こないだの男!!?」

「なんで」はこっちのセリフだが。またあの頼りのないポーズで構えた女を呆れ眼で見つめる。

(なんだ、この女…。一体何者だ?)

いや。思い直してみれば、そもそもこの神威空間で「落下して死ぬ」ということがありえない話だったに過ぎないのだ。恐らく落ちた先がどこか別の場所へ繋がっていたか……決してこの女に何か特別な能力が備わっているわけではない。半ば自分にそう言い聞かせているオレがいた。

「……どうでもいいが」
「……、?」
「団子、踏んでるぞ」
「…あっ!?」

グシャリ、と女の足元で無残な姿を晒しているのは、食いかけらしきみたらし団子の包みだった。

「あああぁぁ〜〜、お団子おぉ……食べかけだったのにぃぃ……っ!」

(まさか、あのときの……コイツが勝手に食ってたのか)

「貴重な食料品があぁ」とオレのことそっちのけで悔しがる女に、オレは微かな目眩を覚えた。


「お前は、一体なんなんだ」

「……え? それはこっちのセリフですよ」

「……」


――これが神威空間に住む謎の女、名無子と、オレとの奇妙なファーストコンタクトであった。



つづく?

2017/11/11


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