「……おびと…、…さん…」
燻りそうな、消え入るような声が胸に滑り込む。
寝台にくずおれる白い裸体が、荒い息遣いとともに上下して、やがてそれも、徐々に静まっていく。
「名無子……」
そのまま、うつらうつらと目蓋を閉じていく名無子を、その輪郭を、そっとなぞった。
自分でも、驚いていた。まさかオレが、名無子にこんなにも優しく触れるだなんて。
名無子はもともと、雨隠れの里で、ペインや小南に仕えていた娘だった。
はじめは奴らに探りを入れる目的で名無子に取り入ったのだが、いつしか、オレたちはこんな不健全な関係に陥っていた。
「好きだ」とも「愛している」とも、口にしたことはない。それはオレも、名無子も同じだ。
名無子のその痛いくらいの献身ぶりは、それの意味するところはオレにだってわかっている。わかっているが、応えることはできない。オレにはその選択肢がない。そして名無子も、端からそんなことは知っているはずだった。だから今日も、最後の逢瀬になろうかというこの瞬間も、決してオレに縋ったりはしない。
寝台を離れ、新調した装束に袖を通す。帯に手をかけたところで、不意に、
「――さようなら……」
背後から、うわ言のような、静かな声が部屋に響く。
「……名無子……」
そっと歩み寄れば、その頬には、一筋の涙が跡をつくっている。
「…………」
――その涙を拭うのは、オレじゃない。
これから、夢の世界で。親兄弟か、はたまた昔の恋人か。お前の大切な者たちが、お前のその雨を乾かすのだろう。オレではない、誰かが。
……らしくもない。腹の底で、なにか薄暗い感情がとぐろを巻くのを押し込めた。
今度こそ帯を結んで、腰に刀を差し、面を手に取る。
最後の最後、踏み出そうとしたところで、また、小さな声が耳に届いた。
「オビトさん……」
「……」
もうすっかり寝付いているのだろう。
オレが近寄っても目を覚ます気配はない。
『大切な人たちと、また、ずっと……――』
先ほどの名無子の言葉が、脳裏にふと、蘇る。
脇に放られていた“暁”のマントを、そっと、上から掛けてやると、名無子は寝返りを打って、ぎゅうとそのマントを握り込んだ。
「……名無子――」
――柄にもない。
言いかけていた言葉を、すんでのところで飲み込んだ。
可笑しかった。まさかこのオレが。この名無子に、そんな感情を抱くだなんて。
だが、ああ、そうだな。これから訪れる夢の世界でなら。いつか――いつか、何もかも取り払って、ありのまま、伝えられる日が来るのかもしれない。
「名無子……――」
『――ありがとう』
END
2018/12/19