1.3光秒先のまぼろし



零れそうなほどの月光が、まばゆく辺りを照らしていた。

「名無子」
「はい」

狭い部屋の片隅に、簡素な寝台が置かれている。
裸体で共寝する男女は、何をするでもなくただ、互いの体温に微睡んでいた。


「……お前には、夢はあるのか」

ゆめ? と、女は微かにくすぶりそうな声を漏らす。

「……どうして、そんなことを訊くんですか?」

しばらくしてそう返すと、男は、「いや、」と言って唇を引き結ぶ。

「深い意味はない」
「……、そうですか」

深い意味はない。そうは言われても、わざわざこんなふうに尋ねられて、気にならぬはずはない。特に、この男にまるで関心のあるかのような素振りを見せられては、名無子はやきもきせずにはいられなかった。たとえそれが、男にとっては他愛ない寝物語のひとつでも。

「……しいて言うなら、あなたと同じかもしれません」

出来得る限り言葉を選んで、名無子はぽつぽつと答える。

「大切な人たちと、また、ずっと……――」

男は、ただ黙ってその声を聞きながら、静かに名無子の身体を愛撫した。


「……もうすぐだ」
「……はい……、」

そのやけに優しい手つきに、名無子は、ほんの僅かばかり罪悪感を覚える。

「もうすぐ、この世界は――」

愛しい人の語る、理想の世界。それはなんて、なんて素晴らしい夢だろう。……けれど。


(……ごめんなさい)

さっきの答え。半分本当だけど、半分本当じゃ、なかった。心の中で行き場のない思いに蓋をする。

(ほんとうは、私は。あなたさえいてくれれば、それでいいの)

瞳を閉じて。何度も背中を撫でる、彼の人の温もりに身を委ねる。

(それがたとえ、夢の中の話でも……)

波のような、渦のような、潮のような睡魔が柔らかに忍び寄る。

「……オビトさん」

ほとんど吐息のようなそれは、おそらく誰にも届かなかった。

(あなたがいてくれれば、私は。私はもう、)



それ以外、なにもいらない。


2017/11/11


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