※若干お下品?アダルティ?です。短め。


ナイショ話をしましょう




花柄なんだか、浮雲なんだかよく分からない、薄桃色の壁紙の、ふにゃふにゃした染みのような模様を数えたり睨んだりしていたら、無造作に黒い髪を拭きながら、険しい顔をして彼が歩み寄ってきた。

「今日は随分手間取ったな」

人が必死に頑張ったというのに、大層なお言葉ね、と少しむっとしたが、「水も滴るいい男」を体現したその姿に、悔しいけど見惚れそうになる。

「ちょっとばかりね、私の大嫌いな“虫”がいたの」

ふん、と鼻を鳴らして、寝台の上で足をバタつかせながらそう言ってやると、ぴくり、見えるか見えないか、白いタオルの下で、彼の形の良い眉が反応を示す。

「…ほう?それで?」

ギシリとスプリングを軋ませ隣へやって来た彼から、自分が先程使ったのと同じ、安っぽいフローラルな香りが漂う。

「邪魔だったから、追い払ってやったのよ。そうしたら、西の松林の四阿で、池の中に沈んだわ」

「…そうか」

「あと、そういえば」

言葉の続きを促すように、彼の指先が、私の肌を隠していた薄布を剥いで、ゆっくりと身体の線をなぞり始める。

「前に話したでしょ?“可愛い羊ちゃん”のこと。……ん、」

まだ湿った短い毛先が鎖骨のあたりを掠めて、生温さの後に冷たさを残した。

「……あの子ね、可哀想に、泥をかぶって汚れちゃったみたいで。今度晴れた日に、綺麗にしてあげなきゃ」


いよいよ身体も温まってきたから、そこから先は、ほとんど意味のない言葉しか交わされなかった。それから、静かな部屋の中が水音でいっぱいになった頃、彼がベッドサイドのテーブルに手を伸ばしたので、私はその手を掴んで制止した。

「待って」

身を起こし、最低限の動きで、脇にあった自分の手荷物の中を探る。

「こんな怪しい所のなんて嫌でしょ?」

「フ……流石に用意がいいな」

「まあね。なんて、嫌味かしら?」

手渡した四角い小さな包みを彼がピッと破って、一瞬、そこから出てきた紙片に視線を落とした。一見点に見えるかどうかというその極小の文字列に、確かに彼が瞬時に眼を走らせたのを見て、こんなときは素直に、写輪眼の素晴らしさに感心する。

「名無子」

そして何事もなかったかのように私の名を呼んで、離れかけた熱を取り戻そうと愛撫を重ねる彼の手に、私は漸く身を委ねた。



***



「もうそろそろ、日も暮れた頃かしら」

シャワーを浴びなおして、再びいつもの装束に袖を通しながら、同じくいつもの仮面を纏った彼の背中に声をかける。

「ねえ、明日は晴れると思う?」

「そうだな……明後日までは晴れるだろう」

キュ、キュ、と彼が手首のあたりまで手袋の端を引き、両の手が黒いそれで覆われた。

「それじゃあ、“雲”はどちらへ流れるかしら?」

「……“巽”だな……」

「そう、なるほどね」


すっかり身支度を整えてから、ふと、外套の下の、傷付けられた己の額当てが目に入った。

一本の線が引かれ、真っ二つにされてしまった雲。確かに、私はこんな雲のように、自由な存在なんかじゃない。この部屋の四方に張り付いた壁紙のように、ぼやぼやにぼやけて、取るに足らない、染みみたいな存在。それもせめて、鮮やかに咲き誇る花柄だったなら。もう少しまともに、この目の前の彼を惑わすこともできたのかしら。



暫くして、“もう一人の私”が彼と共に外へ出た。どうせどちらも自分なのに、連れ立って去って行く後ろ姿に、僅かな寂しさを覚える。それを見送って、適当に時間を潰してから、私もその、派手な電飾がギラギラと輝く宿を発った。

それから“分身”の方が彼と別れ、東南へ向かってすぐに、案の定、“残った虫”がほいほいとひっかかったので、後から尾行していた私と合流して、さっさと始末をつけた。

彼に仰せつかった次の期日は“明後日”だ。全く、こんな無茶な設定、人を労る気持ちはないのだろうか。けれども締切を過ぎて彼の機嫌を損ねるのも面倒だから、こんな所でうかうかしてはいられない。早く、“羊”のところへ行かねばならない。




END

(2015/06/06)

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