嫌よ嫌よも好きのうち
「いっ、痛いって、いい加減にしてよトビ!」
「なーに言ってんすか、元はと言えば名無子さんのご希望でしょう? ほら、ホラホラ」
「っ、ホント、やめてって! てか誰もアンタに踏まれたいとか言ってないし!」
ことは遡ること数十分ほど前。アジトで暇を持て余していた私こと名無子は、同じく待機組であったこのトビと他愛ない話で時間を潰していた。
「でさー、もうダメ! って思ったんだけど、もう目にも留まらぬ速さで! さっすがイタチくんだよねー!」
「ハハ、ホントっすね! もうそれイタチ先輩がいなかったら今頃名無子さんクビでしょ」
「えー、そこまで言う? ぶっちゃけ私的にはかっこいいイタチくんが見れたから得したと思ってるくらいだけど!」
「ふ〜ん? 名無子さんって、イタチ先輩のこと好きなんすか?」
「えー!? そんなことないよぉ、すっごいイケメンだとは思うけど! ライクだよライク! ……あっ、でも、」
「でも?」
「引かないでね? あのさー…、あのちょっと冷たい目で見つめられるとさ…なんかこう、疼くっていうか…踏まれたいというか詰られたいというか…」
「えっ……えぇ〜……」
「うわ! ちょっとそんな反応やめてよ!」
会話がなんとな〜く怪しい方向に行きはじめたのはこの後のことだった。
「はぁ……名無子さんがイタチ先輩の前でよくポカやらかすのって、もしかしてそういう理由だったり?」
「えっ? そんなわけないじゃない! 失礼ね!」
「ふぅん? 疑わしいなァ……怒られたくてわざとドジ踏んでるんじゃ?」
「違うって!」という反論を遮ってトビは突然、げしっと私の足を踏んできた。
「痛っ!」
「アッハハ、そんなダメ名無子さんのことはボクが踏んであげます」
さすがに踏みしめる、とまではいかないにしても無遠慮にげしげしやられて黙っている私ではない。
あの手この手でトビを阻止しようとした、のだが。
「名無子さーん? そんなんじゃ全っ然ダメですよ〜?」
「くうっ……それずるいー! やめなさいよすり抜けなんて!」
ヤツを捕まえようとしても躱される。逆に逃げようとしても無駄に素早い身のこなしで追い詰められる。
万事休すか。……しかし、諦め半分だった私の前に天の助けが訪れた。
“……い、おーい、どこだー? トビィ! 名無子〜?”
「っ! でっ、デイダラー! こっちー! 助けてえェ!!」
「!?」
そう。アジトへデイダラが帰還したのだ!
私はあらん限りの声で叫び、そして訴えた。
「デイダラぁ! トビが急に私のこと踏んでくるのー! 助けてー!」
「しっ、シーッ! 名無子さっ、ちょっ、あっ、デイダラ先輩? これはその誤解で……ッギャアアーーッ!!」
「はー助かった」
二人が消えて、なんだか静まり返ったアジト。私はそそくさと自室へ戻り、ベッドに腰掛けてひとまず足の具合を確認する。
「ま、ケガとかはないけどさー……、ちょっとこれ、ひどくない?」
無遠慮に踏まれまくった私の靴は見事にボロボロだ。
「土足ってどうなのよ。せめて脱いでからにしなさいよ」
「ほう? それは悪かったな」
「ほんとほんと、反省して、……、」
一瞬ときが止まったかと思った。
「あ……あらら……随分お早いお戻りで……」
「まあな。いちいちあんなのに付き合ってられん」
私の背後……部屋の片隅に立っていたのは、先程デイダラにぶっ飛ばされたはずのトビだった。
「にしても、だ」
「ヒッ」
ゴォン!! 勢い良く私の寝台へ振り下ろされたのはトビ――いや、マダラ様の長〜いおみ足。
咄嗟に床へ転げ落ちて退避したから良かったものの、彼の強烈なかかと落としがガッツリ炸裂してものすごい音をたてた。ベッドが軋んで反動で飛び上がって見えたほどだ。まあ彼が本気を出せば今頃ベッドどころか私ごと真っ二つだったのだろうけど…。
「見ろ。どうしてくれる」
「え…?」
不意に彼は仮面を外し、ずいっと私の目の前に押し付けてきた。
「あー……これはその、ご愁傷様で……」
「お前が余計なことをしてくれたおかげでな。これでは修繕が必要だ」
「いやいや、それはお気の毒ですが……そもそもあなた様がお得意の神威でちゃんとすり抜ければよかったのでは? ――ッ、」
ビュンッ、と今度は風を切る回し蹴りが襲いかかる。ベッドから水平に放たれた足を思いきり床に這いつくばってなんとか避けた。
「責任をとってもらおうか」
「えぇー……」
身を伏せたまま固唾を呑んで様子を窺っていると、そのまま彼はドカッと私の寝台に腰を下ろす。
「ああ、そうだな。“せめて脱いでから”だったか?」
「あ、はい」
割と今更だと思った、だってこの人、ついさっき土足で私のベッドを踏み躙ったんだからね。
そんな心の中の悪態をよそに随分と勿体ぶった手つきで彼はサンダルを脱いだ。
「……っていや、そうじゃなくて、え、これ、私また踏まれる流れですか?」
返事の代わりにやはり彼は蹴りを寄越した。ついでに肩へ足をかけられ押し付けられ、強制的に床へ仰向けになってしまう。
「ほら、どうだ?」
「うっ、どうだ、って……」
はっきり言って、これ、イヤだ。
(う……これなら、土足の方がかえって良かったかも……)
と、いうのも。私が今薄い部屋着一枚なのもあって足の感触が伝わるというか。
踏まれている肌の温度やらなにやらがダイレクトに感じられてしまうというかなんというか。
そんなことを考えつつ赤くなったり青くなったりしていたら、あろうことかヤツはとんでもない暴挙に出た。
「っ! ちょ、ちょっと!」
「ん?」
「どっ、どこ踏んでんのよ! 変態! セクハラ!」
ぐに、というかふに、というかとにかく、ありえない。そう、コイツはレディの大事な部分を――
「フッ、ああ、あまりに平坦なので気付かなかった。これは悪かったな」
カッチーン。
こんな風に言われて切れない女がいるだろうか、いやいない。少なくとも、私はそうだ。
「へえ〜? こう見えてもそれなりにはあるつもりなんですけど……その写輪眼って節穴なんですねえ」
「……ほお?」
ピクリ、と眉が上がる。これは効いてる効いてる。
「あーあ、それに女性ってのはね、仰向けになったら誰でもこうなりますから。流れるもんなんですよ、胸ってのは」
「はー、困った困った」と、大袈裟にため息をつき、わざとらしく首を振ってみせる。
「これだからどうて……――、」
言い切る前に急に身体を引っ張られ、気がつけば私はベッドの上に逆戻りしていた。
「そこまで言うなら、試してみるか?」
「はい?」
何を、なんて訊くまでもなく。
(あー……、この目はマジだわ……マジでやる気だわこの人……)
ああ、これだから嫌なんだ。だから私は“トビ”の相手をしている方が気が楽でいいんだよね。
覆いかぶさる素顔を眺めながらつくづくと思う。
「黙っていれば、イケメンなのにね」
それこそイタチ顔負けなくらい。
なあんて、私の言葉の意味が分からず、不可解そうに顰めた顔まで愛しいなんて、悔しいから絶対言ってやらないけど。
END
(2016/12/11)
*Thanks for your request !
オビトさんにグリグリ踏まれたりトビくんにゲシゲシ蹴られたりする話