いろじかけ(せいこう?)



※ほんのりお色気っぽい表現を含みます。


少し仮眠をとっていた。部屋の外がやけに騒がしいと、ゼツを呼びつけてみれば、何やら鬼鮫と名無子がもみ合っていたらしい。

「いやねェ、アナタが怪我したっていうんで、大騒ぎしてたんですよ、あの人」
「…そうか。面倒をかけたな、鬼鮫」

オレの休息の妨げになってはいけないと、鬼鮫が泣き喚く名無子を宥めていたようだ。全く、手間のかかる小娘だ。

「しかし、お体の調子はいかがです?」
「ああ。問題ない」

まあ、確かに。アイツの前では目立った負傷を見せたこともなかったか。こうして身体の一部をすげ替える様など、アイツが直接目にしたら卒倒したかもしれない。

「それで? アイツは今何してる」
「部屋へ戻りましたよ。今頃泣き疲れて、眠っているやもしれませんね」


放っておいてもよかったのだが、いつの間にか足が向いていた。大人しくしているならそれでいい。これ以上迷惑をかけられても困る。ただそれだけだ。

「……」

わざわざ開けるのも面倒なため、扉をすり抜けて部屋へ入る。まだ明るい室内の片隅で、やけに縮こまって寝ているヤツがいた。微かに寝息が聞こえてくる。覗き込んでみれば、涙の跡が残る寝顔があった。

(全く……ガキか、コイツは)

泣き疲れて寝入るなどと。呆れながら見つめていれば不意に、寝息が乱れた。

「ん……、トビさん……?」

名無子は目をこすりながら、ふにゃ、と気の抜けた笑みを浮かべた。

「あれ…もしかして、私に、会いに来てくれたんですか…?」

「心配したんですよ」と名無子が、そのまま腕へ纏わりつきしなだれかかってくる。……にしても、だ。

「なんだお前、そのみっともない格好は……」
「え?」

めくれ上がった毛布の下から現れたのは、なんともだらしない……寝乱れた名無子の、無駄に丈の短い部屋着姿だった。

「あっ、こ、これは! やだ、私ったら」

咄嗟に名無子は毛布で身を隠すが、垣間見えた太腿の柔らかな曲線が脳裏に……、いや、オレは何を考えているんだ。少々、いやかなり疲れているのだろうか。……ああ、しかし考えてみれば、今しがた腕に感じた妙な感触は名無子の――、

「……」
「…あ、あのー…、トビさん? 私、着替えたいので…ちょっと外に…」

状況が状況だけに、ここぞとばかりに名無子が迫ってくるかとも思ったのだが。案外そうでもなかったらしい。それが少々、珍しかったのかもしれない。魔が差した、とでも言うのだろうか。いつになく弱腰なコイツをからかってやろうかという気が芽生えた。

「……いや。その必要はないだろう?」
「えっ?」
「オレたちの仲なのだからな」

頬を染め毛布に包まっていた名無子を再び寝台へ押し倒す。

「あっ、まっ、待ってください、トビさん!」

意外にも名無子は強い力で抵抗してきた。フン。……まあ、たまにはこんなのも悪くない。趣向を変えてみるのも一興か。

「や、やだ…っ!」

抵抗や拒絶。名無子から示されるそういった反応がやけに新鮮に映り、不思議と優越感が湧いてくる。
顕になっていた臍のあたりから無遠慮に手を突っ込み、みぞおちにかけてするりと撫で上げれば、寝汗でもかいていたのか、中は少ししっとりとした感触であった。

「フ……今更何を言っている。お前はオレの妻なのだろう?」
「あ…、で、でも…!」
「この前の威勢はどうした」

身体の線を確かめるように何度も手を滑らせる。内腿を擦ってやればびくりと足が跳ねた。
しかし、名無子の肌が上気すればするほど、目に見えて全身がガチガチに固まっていくのが感じ取れた。

「……、お前……」
「〜〜っ、」
「少し、力を抜け……」
「と、トビさん…っ」

少々脅かしてやるつもりが、いっそ可哀想なくらいであった。ごく、と息を呑んで、「わ、私、心の準備が…っ」と、名無子は上擦った声を上げる。

「ハア…。本当に今更だな。お前はオレとこうしたかったのではないのか?」
「そ、それは……その……。……、なんです」
「?」
「だから…っ、その、本当は…私…こ、こういうのっ、はじめてで…っ」
「……」
「だ、だって、こんな急に、まさか、トビさんから、だなんて……っ、ど、どうしていいのか、全然、わっ、わからなくて……ですね……」

よほど緊張しているのか、名無子は「き、嫌いにならないでくださいっ!」とわけの分からぬことを抜かす。

「ふん……そうか」
「…?」

「押してダメなら引いてみろ」。ふとそんな言葉が思い浮かぶ。その逆、というのも変な話だが、案外「引いてダメなら押してみろ」、なんてことがありえるのかもしれない。

まあ、悪くない気分だ。そうだな。いつもはどこか、コイツに主導権を握られているようで癪だったのかもしれない。ペースを乱されるようで、気に食わなかったのだ。だが今、そんな名無子が狼狽し、初めてオレの支配の下にいるのだと思うと、なかなか……。

「フッ……。安心しろ」
「トビさん…?」
「出来の悪い妻を教育するのも夫の役目だ」
「……、あっ……」



* * *



――数日後。

「それにしても、珍しいですねェ」
「…なんだ?」
「名無子さんですよ。今日は一度も姿を現さないなんて」

「明日は槍でも降るんでしょうか」と鬼鮫は気味悪そうに首を傾げる。

「……そうだな。後で様子でも見てくるか」


アイツの行動範囲などたかが知れている。逃げ隠れでもしているつもりなのだろうが、探そうと思えばあっさりと見つかった。

「ここにいたのか、名無子」
「あっ。とっ、トトト、トビさ…っ」

オレの顔を見るなり――いや、正しくは仮面だが――名無子は大袈裟に肩を震わせ、面白いくらいに赤面する。

「おい、何をしている。逃げるな」
「ああーッ! だっ、だめぇ、耳元はあ…っ!」

いちいち初な反応を返しオレから逃れようと藻掻く名無子は滑稽で、新鮮だ。見ていて飽きない。良い玩具になりそうだ。

「トビさっ、もう、放してください…!」

この間まで自分からベタベタしていたクセにな。真っ赤になりながら必死で目を逸らす姿はまるで生娘のようだ。

「ま、もう生娘でもないわけだが」
「な、何を言って……んっ、もうっ、そんなとこ触らないでください!」
「ほぅ? 自分ばかりオレに触っておいて生意気だな。今までの対価をよこせ」

これまでさんざん振り回されてやったからな。ここからはオレの番だ。もう主導権は渡さんぞ、覚悟しておけよ、名無子。



おしまい

(2016/11/13)

*Thanks for your request !
『史上最強の×××計画』で今度は色仕掛け成功…的な、二人がまた接近するような話


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