101本目の花束



※もしもオビトが生還していたら…なお話になります。OKな方だけどうぞ。



「名無子」

あの日彼は、心底驚いた顔で私を見ていた。

「オビト……」

震えそうになる声を、溢れそうになる涙を必死で堪えながら、私は、精一杯彼の頬を撫でた。

「よかった。よかった、ほんとうに、よかった……――っ、」
「名無子……」

今度は彼のほうが私へ手を差し伸べて、目尻を拭ってくれる。

「なぜ……」
「?」
「なぜ、泣いている?」

まるで、信じられないとでも言いたげだった。

「嬉しいからだよ。あなたが、生きて、帰ってくれて……っ」
「……オレの、ために。泣いて、くれるのか……?」

そこからはもう、うまく言葉にならなくて。うんうんと何度も頷くばかりだった。

「わかるでしょ? 私、ずっとあなたを見てた。あなたを守りたくて。私だけじゃない。あなたのために、戦った人が、たくさんいるよ。だからもう、」

「死のうだなんて思わないで」。クシャクシャになって泣き出した私を、オビトは傍で、ずっと撫でていてくれた。


それからだった。彼の、止まっていた時が動き始めたのは。


「おはよう、オビト」
「ああ。名無子……今日も来てくれたんだな」
「うん。またね、新しいお花を持ってきたよ」

そうか、とオビトは、格子の向こうからこちらを見ていた。といっても、彼の頭部、ひいては全身にまでありとあらゆる封印術が施してあり、雁字搦めに拘束され、視界も封じられているため、本当に、ほんの僅かに顔をこちらへ向けてくれただけだった。

それでもいい。だって、少し前まではこれよりずっと酷い状態だった。六代目火影に就任したカカシや、大戦の最大の功労者であるナルトくんの必死の嘆願もあって、どうにかここまで漕ぎ着けた。やっとやっと面会が許されて、ほんとうに、本当に嬉しかった。だから私は、許される限りこうしてオビトの顔を見に来るようにしていた。

「よいしょっと。どう? 匂いとか、するかな?」

花瓶に挿した鮮やかな桃色。もちろん、オビトには見えていないはずだ。だからせめて、香りだけでも楽しんでもらいたいと、いつも気を遣いながら花を選んでいた。

「ああ。いい匂いだな…。今度は何の花なんだ?」
「山茶花だよ。綺麗に咲いていたから、少し分けてもらったんだ」

そもそも、この薄暗く殺風景な牢屋へ物を持ち込むことができるようになったのもつい最近だった。それ以来、オビトの目には見えなくとも、少しでもこの陰鬱な空間が明るくなれば……と花を飾ることにした。

「ありがとうな……名無子」

とても穏やかな声。こんな風に、彼がまともに会話してくれるようになるまでも、しばらくの時間を要した。でもそれは、当たり前のことかもしれない。だって彼は、すべての人々を敵に回して、この世界を破滅させかけた大罪人。今こうして、生き長らえているのが奇跡のようなものなのだ。あまりにも色んなことがありすぎて、きっと当の本人すら把握しきれていないような胸の内を、整理するための時間が必要なのだろう。

「どういたしまして。また来るからね、オビト」

「次はリクエストでもある?」と問いかけたところ、彼は唇をきつくへの字に引き結んでから、口を開いた。

「そのことなんだが」
「うん?」
「もう、いいんだ」
「え…?」

素っ気なく「もう、必要ない」と、彼はそっぽを向いて。

「……どうして? 迷惑、だったかな」

思わず声の調子を落とせば、オビトは「そんなはずはない!」と強めの語気で返す。

「迷惑をかけているのは、オレの方だ」
「…?」
「いつもいつも……オレなんぞのもとへ通っていると、良からぬ噂がたつかもしれん」

その言葉で、彼の案じていることがわかって胸が痛んだ。
確かに、私が殊更オビトを気にかけていると、一部の人たちから疑いや嫌悪の眼差しを向けられているのは事実だった。けれど、私にとってそんなことはどうだっていい。それに今、彼にそんなことで気を病んでほしくない。

「…もう。オビトったら、まだそんなこと言ってるの」

何か言いたげな彼を制して、「言ったでしょ、」とできる限り優しく語りかける。

「これから…たとえいつか、もう、誰もあなたのことを気にかけてくれないような日が来たとしても。私は、ずっとあなたを見てるから。ずっと」
「名無子……、」
「いい? 隠し事なんてできないよ? 見せたくないものがあったって全部見ちゃうんだから」

フ、と微かに彼が笑ったように見えて、それがどうしようもなく嬉しかった。もっと笑ってほしい。昔のように。昔、以上に。だから私はやっぱり、これからもオビトのもとへ通い続ける。ずっと、彼を見守っていく。

「それじゃあね」

付き添いで来ていた看守さんにも挨拶をして、私は名残惜しくも退出した。

そういえば。いつもここへ来ると、前回持ってきたはずの花は綺麗さっぱり片付けてある。まさかオビトができるはずはない、から、誰かが代わりに片付けてくれているのかもしれない。去り際、山茶花の香りが牢の外まで届いていた。

――ねえ、オビト、早く気づいてね。

どうして私が、こんなにもあなたのことを気にかけているのか。まさか、ここまで鈍いと、知らないフリをしているのかな?
早く、気づいて。いつもあの花たちに、託している私の想い。



* * *



それから、月日は流れて。里の季節が移り変わって、それでも、私の日課は変わらなかった。
また、いつものように、花を携え、オビトのもとを訪れる。

けれどその日は、どこか様子が違っていた。
やけに辺りががらんとしていて、見張りの人も、看守さんも誰もいない。まさか、と最悪の考えが脳裏を過る。

そこからはなりふり構っていられなくて、大急ぎでオビトの牢へ向かう。
けれど中には、誰もいなかった。誰も。

「うそ、でしょ……」

頭が真っ白になる。膝がガタガタ震えていた。
崩れ落ちそうになるのを必死で堪えて、どうにか、出口へ向かう。……探さなきゃ。とにかく、彼を、探さなきゃ。
牢の中で争ったような形跡はなかった。だから、大事にはなっていない、なっていない、はず……、

「名無子」
「…っ!」

牢を出てすぐのところで、急に背後から声をかけられ、身体を捕らえられた。
悲鳴をあげそうになった口もきつく塞がれ、瞬時に緊張感で身が固くなる。

「落ち着いてくれ。オレだ」
「……、……っ」

よくよく確認してみれば、耳元で聞こえる声は、間違いない。

「オビト…っ!?」

やっと少しばかり解放された唇から、驚きの声が漏れた。

「なんで…こんな、いきなり…っ!」
「すまない。驚かせるつもりはなかったんだが」

首を捩って振り向けば、彼の黒い瞳とかち合って驚愕した。
そうだ。先程からの違和感。今、彼は、どこも拘束されていない。顔も。久しぶりに見る、素顔を晒していた。

混乱冷めやらぬうちにオビトの眼が赤く光り、私は妙な感覚とともに渦へ巻き込まれた。


それから、気が付けばどこかの家の中――何の変哲もない一室の中に、私たちはいて。

「オビト、なんで、こんな……、」

ほとんどパニックになりそうな私をオビトは抱き寄せて、また「すまない」と眉を下げた。

「極秘情報だったからな…今日まで話せなかったんだ。だが、真っ先に、名無子に聞いてもらいたいと思った」
「オビト…?」
「聞いてくれ。少しずつだが……段階的に、オレの自由が許されることになった」

何を言っているのか。うまく理解できない。ただ、「うそ」と呟いた自分の声だけが、やけに響いて聞こえた。

「嘘じゃない。もちろん、まだ完全にフリーとはいかないが…制限付きで、外出も許可された」

嬉しい。胸の中は喜びで溢れそうだった、はずなのに、どうしてか、私の目からは、ぽろっと涙が零れた。

「名無子…!?」
「オビト…。オビト…、もうっ、心配、させないでよ…!」

本当に、驚いたんだから。いつしか嗚咽混じりになった私の涙を、彼はそっと拭ってくれた。

「私、あなたの身に、何かあったんじゃないかって…! ほんとうに、心配っ、したんだから…っ、」
「ああ、ああ。すまない、だから…。頼むから、泣かないでくれ」
「よかった。よかった、オビト…っ!」

ねえ。小さい頃は、オビトの方が泣き虫だったのに。いつの間にか、それが逆転してしまったみたい。
涙が収まった頃、彼は教えてくれた。

「この部屋もな。そのうち、オレが生活することになる…、かもしれない、部屋だ」
「かもしれない?」
「ああ。うまくいけば……ってところだな」
「そっか。きっと、うまくいくよ。うまくいく」

そうだな、と一息ついてから、急に改まって、オビトがこちらを向いた。

「名無子」
「なに?」
「今まで、ありがとうな」
「……どうしたの、急に」
「いや。オレがここまでこれたのは……、名無子、お前のおかげだ」

あれから、色々あったと。少し目を伏せて彼は言う。その“色々”が、本当に“色々”だったんだろうなって、彼の顔を見ていればわかる。きっと、想像を絶するような苦痛もあったはずだ。私の知らないようなところで、彼も戦い続けていた。耐え続けていた。でなければこのような恩赦は許されなかっただろう。

「なんだろうな…。こんな世界などもういらないと、オレは、一度は本気で思った。絶望した。だが今は。今は、名無子」

不意に、頬に手を添えられて、瞳を覗き込まれる。

「名無子。もう一度、お前の笑顔が見たい。ただそれだけで、オレは、不思議と力が湧いてくる。生きたいと思える。そんな気がした」

もう一度「名無子」と呼んでから、彼は少し身を離して、再び“神威”を発動させた。

「……、これ……」

ふわっ、と、舞い上がるように現れたのは、一輪の、真っ赤な。

「薔薇…?」
「ああ。名無子、受け取ってくれるか」

「もちろん」とすぐさま頷けば、また彼の瞳が瞬いて、次々と赤色が飛び出してくる。

「ま、待って、ちょっと、」

すごい勢いで雨のように降ってきて、埋もれそうになる。全部、薔薇の花だった。ちゃんと棘の処理はしてあったみたいだからよかったけど、何事かと思った。

「悪い。なんとか用意したまでは良かったんだが、花束にまではできなくてな。そのまま持ってきた」

喜んでいいのか、呆れていいのか困っていると、オビトは薔薇をひとつ手にとって、ぎこちなく微笑む。

「今まで、お前が……ずっと花を持ってきてくれただろ。だからこれからは、オレから贈りたいと……そう思って」
「……そっか……。ありがとう、オビト」

「なあ…名無子。知っているか。薔薇の、花言葉」
「え?」

まさか、花言葉、なんてセリフをオビトから聞くと思わなくて、目を丸くした。

「もちろん、知ってるよ。赤い薔薇の、花言葉。花言葉は……」

……うそ、でしょ。なんて、今日何度目かの言葉が頭を埋め尽くして、動けなくなる。

「名無子。お前は、色んな花を持ってきてくれたよな。あれな、どうにかカカシに頼み込んで、全部取っておいたんだが……一つ一つ、ちゃんと花言葉が、あるとかで」
「……、オビト」
「?」
「……もう。気付くのが、遅いって」

顔が赤らむのを感じながら、ぼそりと呟けば、力強く、抱きとめられた。

「だってな。信じられなかったんだ。まさか、名無子が。オレのことを」
「……そうじゃなかったら。オビトのために、ここまでなんて、しないよ」

見つめ合って。自然と、互いが、距離が、近付く。

「……オビト」

愛しさを込めて、名前を呼ぶ。柔らかい唇が、触れ合った。どちらともなく、何度も重ねた。



「ね、オビト……もういっかい……」
「ああ、名無子…、オレもそうしたいのは、山々なんだが…そろそろ…」
「ん…そんなこと、言わないで…。だって、次はいつできるか…わからないでしょ…?」
「……、名無子……」

ひとしきり盛り上がった後で、オビトは頭を抱えていた。

「名無子」
「なに?」
「その……あのな。言い忘れてたが……オレはずっと、監視されている身だ」
「うん…?」
「だからその…すまない」

考えてみれば、そりゃあそうだよね。いきなりこんな勝手、できるわけがない。だから私たちのこのやりとり全部、カカシが直々に監視していたんだって知って私も思いっきり頭を抱えた。

「と、とりあえず……薔薇、片付けよっか」
「ああ……」

「……、それにしても……よくこんなに準備できたね」
「……何本、あると思う?」
「え? う〜ん、たくさんありすぎて……」

ざっと見ただけでも数十本はくだらない。いつしか濃厚な薔薇の香りが部屋に充満していた。

「お前のくれた花……この間ので、丁度百本目だったんだ」
「あ、そうだったの?」
「ああ。だからオレは、さらにもう一本分用意した」
「ええっ、そんなに!? もう……オビトってば。ふふっ……ありがと」

これからも、あなただけを、ずっと、見てるよ。

心からの笑みを向ければ、オビトも目を細め、穏やかに微笑みかけてくれた。


百一本の薔薇の花束。
その意味を私が知るのは、もう少し後のこと。

そしてオビトが、もう七本の薔薇を私に贈ってくれるのは、さらにもうちょっとだけ先の話。


END

(2016/11/13)

*Thanks for your request !
原作のリンのような立ち位置の夢主で甘めハッピーエンド


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