「トビさん」
「……」
「トビさん、トビさん!」
今日もコイツは騒がしい。どうやって追い払おうか――いつものように考えながら、ふと、疑問が思い浮かぶ。
「…お前は」
「え?」
「お前はまだ、“その名”でオレを呼ぶのだな」
「…?」
“トビ”と名乗っていたのもいつしか遠い話。今ではすっかり“マダラ”として活動しているわけだが――どういうわけだかコイツはいまだに“トビさん”などと呼んでくる。以前、「トビでもマダラでもない」と言ったせいで“マダラ”と呼ぶにも抵抗があるのだろうか。
「…それは。それは、決まってるじゃないですか」
「?」
「だって……約束したじゃないですか」
「……、」
「二人だけの秘密だと……、“マダラ”じゃなくて“トビ”と呼べと、言ったじゃないですか」
そんなこともあったか。そんなしょうもない約束を、この小娘は、頑なに守っていたのか。
「確かに…その後、あれはトビさんのウソだったってわかりましたけど。でも、私、口の堅い女ですから! 約束はちゃんと守ります」
どうしようもない哀れな女だと思っていたが、案外――などと感心しかけたのも束の間。
「……ね? どうですか? 私って、エライでしょう?」
「……、……」
「えへへ。惚れ直しちゃいましたか?」
「きゃあ恥ずかしい!」などとあがる黄色い声に閉口する。
「もちろん、トビさんでもマダラ様でも! 旦那様…とか、あなたとかダーリンとか! トビさんがそうしろと仰るなら、私、なんとでも呼びますよ!」
そのマシンガントークに、絡みついてくる腕を振りほどく気力すら削ぎ取られる。
「あっ、でも……。ご主人様、とかはちょっと、恥ずかしいかも、です」
「でも、でも、頑張りますから…!」と、うるさいくらいに目を輝かせ、拳を握って意気込んでいる名無子。
「だから…だから、ね、いつまでもお傍に置いてくださいね、トビさん!」
その有り余る熱意を何か、別のものに向けてほしいと切に願う。
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2016/09/11〜2016/10/08
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