※ガッツリとはいきませんが終始えろネタなのでご注意ください。「……おい……」
「……」
「……挿れるぞ」
「……ん」
うちはオビト。またの名を、トビ。あるいは、うちはマダラ――ともかく、名を三つほど持つこの男は、己の奇妙な性癖を持つ情婦に悩まされていた。
「……はっ、」
「……ふ、ん……」
「……名無子……」
「……」
「お前……今日もマグロのつもりか?」
揺さぶられるがまま。顔をそらし寝そべった恋人に、男はひとつため息を吐いた。そうして仕方なく、つい先程布団の脇に追いやった、橙色の“ソレ”に手をかけた。
「……ホーラ名無子さん、ワガママはいけませんよー?」
「…!!」
甲高い声とともに一突きしてやると、途端に中の具合が変わり、仮面の下で渋面を漏らす。
「……あー……名無子さん、どうですか…っ?」
「……んっ、あ、」
「ハアっ……気持ち良いですか?ボクの…っ」
「ああっ、んん……っ、いいっ、そこ、きもちい、の……!」
「ふふっ……名無子さんかわいい……名無子さん、大好き」
「私も……、トビ、すき……っ!」
次第に絡みも濃密になってゆき、正直「うるさい」と感じるほどの嬌声が部屋に満ちていく。
「ああっ、あ、」
「名無子さ、あっ……!」
「んぅっ、もうっ、っ、――!」
男にぐぐっと口元を塞がれて、そのまま名無子は絶頂に達した。
しばらくして、男の方も名無子の上で身体を震わせ、その隣へ倒れ込むように横たわった。
「はあ、はぁ……」
「……、……」
「……ふ……」
「……名無子……お前、もう少し声を抑えられないのか」
「あれでは周りにバレる」と、おもむろに面を外しながら、オビトは言う。
「……」
「……」
しかし、一向に返事はない。ただ、二人分の整わない呼吸だけが、互いの耳へと届いていた。
「ん……」
「……ハア」
やがて名無子は、そっぽを向くようにオビトに背を向け、丸くなってしまった。
こんなときでもなければ、オレとあろうものがここまでせんぞ――などと、オビトは半ば自分に呆れながら、再び仮面に手を伸ばした。
「……名無子さーん?」
「……、」
「ねえ名無子さーん……こっち向いてくださいよーぅ」
「……、トビ……?」
喜んでいいのか、悲しむべきなのか。オビトが“トビ”を演じているときだけは、名無子はやけに素直なのだった。
「ね? 名無子さん…きもちぃーのは分かるんですけど、もうちょっと声、我慢できません?」
「ん……、わかった。今度から、がんばる……」
「……ふぅ。……いつもそれぐらい、聞き分けがいいと助かるんだがな」
「……ごめんなさい」
「……、」
ポンポン、と名無子を撫でてやると、応えるようにすりすりと身体をすり寄せてくる。
いちいち複数の声色を使い分ける己に辟易としながらも、オビトは「“マダラ”の方はオーケーなのか」と地味に心に刻み込んだ。
「……名無子さん、おやすみ」
「……ん、おやすみなさい……」
……本当は。こんな途方も無い解放感と、その後に襲い来る気怠さの中で、こんな窮屈な仮面など被りたくはないのだ。だが、だがしかし。どうしてか名無子は、仮面を外した途端あんな風になってしまう。やはり単純に“トビ”が好きで、それ以外に興味はない、ということなのだろうか。だとしたらオレはこんな、情事の最中、どころか事後までも延々と、トビを演じ続けなければならないのか――、どうしたものか、とまた、オビトは苦虫を噛み潰した。
――一方。当の名無子は、というと、うとうとと微睡む意識の片隅で、傍らにあるその橙の仮面を見つめていた。
(……変な人)
暗闇に浮かぶ橙色の仮面。その下を辿ると鍛え抜かれた逞しい肉体が露出していて、裸体に仮面というあまりにアンバランスな姿に、思わず名無子は笑ってしまう。
(……脱げばいいのに)
己のせいで男が苦悩しているとはつゆ知らず。名無子は無責任に笑みを噛み殺す。それから、少し寂しげな面持ちで、そっと目蓋を閉じた。
(はーあ……今日も“彼”に、“好き”って言ってもらえなかったな……)
ワガママで、幼稚な願いかもしれない。自分でもそうとは思いつつも、名無子は、たったひとつの言葉を待ち焦がれている。
そう――そんなたったひとつの言葉さえ、囁いてはくれないこんな男に。やすやすと身体を開いてなるものか――それは、名無子のささやかでちっぽけな、密かなプライドだった。
(いつも“トビ”ではあんなに言ってくれるのに。やっぱり本当は――)
急に目頭へこみ上げてきそうになる何かを堪えながら、名無子はゆっくりと眠りに就いた。
(オビト…あなたが“好き”って言ってくれたらいつだって。私だって、すぐにでもあなたに応えたいのに……)
(全く……よりにもよって“トビ”でないと感じないとは。難儀なヤツだ……)
……こうしてまた、二人は、噛み合わない情事を重ねていく。
END
2017/01/08