「“もうすぐ”っていつよ」
甘い空気なんてどこ吹く風、ありったけの悪意を込めて叩きつけてやった。
暁だの尾獣だの鷹だの、あなたの寝物語にはもううんざり。聞き飽きたの。
そのセンスの欠片もないだっさい仮面も、憎々しいくらい整った目鼻立ちも、もう全てが苛々して仕方がない、だから思いっ切り言ってやったの、そうしたらあなた、まどろんでいた目を見開いて柄にもなく、“驚いた”って顔をしたものだから、可笑しくって可笑しくって、もう本当、可愛らしいのね、何もかもが私を苛々させる。
そのまま自分のコートを引っ掴んで辛気臭い部屋から飛び出した。
不用意な外出はするな、そんな命令知ったこっちゃありません。
新鮮な空気を胸一杯吸い込んで、お日様の下、風を浴びながら駆け抜ければ、行為の後だというのに、気持ちはすっきり晴れ晴れとして、どこへでも飛んで行けそうだった。
河を越えて、森を越えて、人里へと分け入る。
人混みの中へどんどん同化してゆく、私はほぼ一般人のような忍だったから雑踏にもすぐに馴染む、こういうときは自分の凡才に感謝する。
全く知らない道だけど自信に満ちた足取りでズンズン進んでいけば、メインストリートらしき通りに出た。今日は何か催し物でもあるのか、やけに人が多い。
何を見るでもなく行き交う人と人の間を歩いていると、ふと、どこからか楽器の旋律が聞こえてくる。遠目に人だかりがあって、その真ん中で長い髪の綺麗な女の人が、旋律にのせて唄を歌っていた。
張りのある歌声はよく響き、通りのどこにいても耳に届く。
甘い低音で彼女が歌うのは、悲しい恋の歌だった。
手の届かない男を愛した馬鹿な女、夢を語る男を愛した馬鹿な女、愛されないのに愛し続けて、帰らぬ男を待つ馬鹿な女、ほんと、なんなのこの歌は、馬鹿としか言えない女の、惨めで哀れな歌じゃない、こんな歌なんて聞きたくないの、こんな悲しい歌なんて、今はまだ聞きたくないの!
気が付けばその歌が追い付いて来ないところまで駆け出していた。
人も疎らになっていき、ついには誰もいない、寂しい川辺に辿り着いた。
ここでしばらくひとりでいたい、でもやっぱりね、あなたはいつもいつも、こんな風に私を苛々させる、ここに来るのは知っていたとでも言うかのように。
「もう気は済んだか」
行くぞ、と、ご自慢の仮面を堂々と身に着けて正面から私を見据えるあなた、ツンと鼻に何かが込み上げる。
「私なんかを追って来る暇があるなら、さっさと九尾でも狩りに行きなさいよ」
そしてさっさと、私なんか放って、あなたの大好きな“月の眼計画”を完成させなさいよ。
でないと私、一体いつまで、こんな悲しい、惨めで馬鹿な女でいなければならないの。
2015/01/20