「なめなめ小娘!」
「………はあ?」
「きゃんっ!何ですかその冷たい目はーっ!」
「きゃんってなんだよきも」
突然訳の分からないことを言ってきたトビをしっしっと追い払おうとする。
「センパイのいけずぅ!あんなに言って言ってっておねだりしてたのにィ!」
胸の前で両手を握ってくねくねしているトビが心底鬱陶しい。
「誰もお前に頼んでないから!トビのなめなめ小娘とか誰得だから!」
「そう言わずに!ねっセンパイ!」
何を思ったのかトビが腕を広げて私の方へ突進するように向かってくる。咄嗟に思い切り拳を突き出して「来んな!」と威嚇してみるも、勢いは止まらない。
「――っ?」
「アハハー隙アリっ!」
「ひゃあぁっ!」
がくり。なにが起こったのか、腰を抜かしてみっともなく膝をつきながら、一瞬の出来事に頭が真っ白になる。徐々に状況が飲み込めてきて、羞恥やら悔しさやらで激しく体が震えてくる。
「ト…ビィ…ッ!!」
コイツはすりぬけやがったのだ。ハグすると見せかけてすりぬけ、私の後ろに回り込んだコイツは、あろうことか私のう、項をかき分けて、…っ!まだ残る湿った感触が気持ち悪くて項を拭いたいのだが、触りたくない気持ちもありどうしようもなく不快感が募る。油断していたせいであげてしまった自分の情けない声を思い出し、カッと体が熱くなる。
「ひゃあぁっ!だってー!センパイってばかーわいー!」
まだ立ち上がれず打ちひしがれている私の背後できゃっきゃとトビが騒いでいる、今度こそ殴りつけてやろうとありったけの力を込めて腕を振りかぶる。
懲りずにすぐ後ろで腕を広げていたトビに、どうせまたすりぬけるだろうと知りつつも勢いのまま拳を叩き込む、が。
「残念、今度はすり抜けませんよ」
「っ!?」
全身を使った渾身の一撃は、呆気なく正面からトビに受け止められてしまった。どころか、私の拳を受け止めたトビの手がそのまま握り込まれたかと思うと、逆に後ろへ押し返され、床へ縫い付けられてしまう。
「なっなにするのっ!?」
「なにってそりゃあ、決まってるじゃないですか」
トビはオレンジ色の仮面を少しだけずらして口元を露わにすると、見せつけるようにその唇の間から舌を踊らせる。
「センパイ項弱いみたいなんで、たくさんなめなめしてあげますね」
「あっ、もちろん他のトコロも!フフッ」なんて目の前でその無駄に整った唇を歪ませるトビにゾクゾクと怖気が止まらない。つい先程背筋に走ったコイツの舌の感触が蘇り、自分の意思に反しておおげさなくらいぶるっと震えてしまった。
“センパイがあんな可愛い声で鳴かなかったら、ここまでするつもりなかったのになァ”
遠い意識の隅で、呑気なトビの声が響く。もう絶対、なめなめ小娘なんて言葉聞きたくない。
2015/02/01