月のよく見える夜。降り注ぐ月光を背中に受けながら、こちらを見ていた。
オレが何を言うでもなくただ黙しているのを、黙って見つめていた。

月の出た晴れた日には、よくそうしていたものだ。
逆光の中の表情は、いつもはっきりしなかった。
ただ、最後に会ったとき、その頬に雫が伝うのを確かに見た。

“美しい”。月の光を受けて一筋、燦めいたそれは、美しかった。
それ以外の言葉など浮かばぬほどに、何故だか惹きつけられた。


「お前は、美しかった」

そして今も、あの頃と同じように。
月を背中に、静かに佇み、こちらを見守る双眸を見つめ返す。

オレの言葉にも、何を答えるでもなく、黙ったまま。
お前はずっとそうだった。オレも、お前も。黙して何も語らない。

だが、心を隠し、偽っていたのは、このオレだけだった。
お前は何を言わずとも、言葉もなく、オレに語りかけていたのだ。
ただひたすら傍にいた、そして最後に見せた涙こそが、何よりも雄弁に物語っていたのに。


「トビ」

久しぶりにその声を聞いた。今またその眦から溢れた雫と同じく、美しい声だった。
涙が光っている。遥か彼方に浮かぶかの月から、零れ落ちた結晶のように。

お前のその月の雫が清流となって、オレの裡を漂白してゆく。
本当はずっとそうだった。寄り添ってお前は、ただオレに心を傾けていた。

だがあの頃のオレの胸には、お前の雫は眩し過ぎた。
穴の空いた器に、水は溜まらなかった。
注がれただけ、零れ落ちて流れ去ってゆくばかりだった。

今更になってそれが染みて仕方がない。
己を赦すこともできず、在りし日の姿のまま彷徨っていたオレが。
全身に染み渡って、痛んで。確かに己はこう在ったのだと、思い知らされる。
空だったはずの器が満たされ、いつしかオレが形作られる。形を取り戻してゆく。
後悔と懺悔で爛れそうだった自分をオレ自身が受け入れる、そんなオレをお前がただ受け入れ、見守っている。


今だからこそ、オレはやっとお前を受け止められた。頭ではそう理解しているのに。
遅すぎたと。あの頃何故気付けなかったのかと、思わずにはいられない。

「――オビト」

それでもお前はまた、そうやって。こんな所に来てまで、オレの傍にいようとする。
これから報いることなどできぬのだと、分かっていても猶、お前は。


オレも、お前も、総てが皓い月に照らされて、安らかな光に包まれる。

「    」

口にしたお前の名も、滴るような清い光に抱かれ、真っ白に染まった。



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「月愛三昧」:仏教用語らしいですがこのサイトは宗教サイトではないのでご安心ください。ついでに夢主もそんな大それた存在ではないので“ただ傍にいる”くらいの意味で捉えていただければと思います。

2015/03/21

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