初対面のときは、随分物々しい新顔が来たなと思ったものだ。
だがその印象は、アイツがあの甲高い独特な声を発した途端、あっという間に消し飛んだ。
「センパーイっ!先行ってますよー!」
「はいはーい」
今まさに、こちらを見てぶんぶんと手を振っている後輩、トビを見遣る。
わざとらしい振る舞いが多い分、ふとした瞬間、ほんの一瞬黙り込んだ瞬間などに、この後輩の不気味さにはっとさせられることがある。
遠く離れていこうとするトビの背中。時たまあの背中から、私は目が離せなくなる。
世の中には「背中で語る」なんていう言葉があるが、あの背中は何も語らない。
恐ろしいまでの沈黙を湛えたまま、何もかもを覆い隠そうとしているかのように。
けれども、いざあの騒がしい後輩を前にすると、そんな思いに蓋をしてしまうのも事実だった。
「トビー?どこー?」
アジトへ帰還してから、いくつか確認したいことがありトビを探しているのだが、どこにも見つからない。
これまでそんなことがなかったから考えてもみなかったけど、アイツは一体、普段何をして過ごしているのだろう。
一通りアジトを巡った後、とりあえず最初に覗いてみたトビの私室へもう一度訪れる。
「――! トビ、いたの」
どうせいないかと思って無礼にもノックすらせず入ってしまったが、薄暗い室内には、見慣れた背中が立っていた。
「ねえ、探したんだよ」
黙ったまま何も言わない背中へ近寄り、肩を叩こうとすると、それより早くトビがこちらへ振り向いた。
「どうした…何の用だ」
「え…?」
知らない顔に、知らない声。咄嗟に、肩に触れようとしていた手を引っ込めた。
「ごっ、ごめんなさい!人違いでしたっ!」
***
「あれ……一体誰だったんだろう……」
驚きすぎてそのままトビの部屋から飛び出してきてしまったが、胸には次々と疑問が湧き上がってきていた。
確かに、あの部屋に入って私はすぐ、トビの後ろ姿を見たのだ。だが、もしかしてそれは見間違いだったのだろうか?
だって、あんな人物、暁にいた覚えはない。けれど間違いなくあの人は暁のコートを着ていた。
というか、なんでトビの部屋にいたのだろう?もしかして咎めるべきだったのだろうか。
もしや自分は色々ととんでもないことをしでかしているのではと不安になりながら、再びトビの部屋へ向かおうとした、そのときだった。
「センパーイ!こんなとこにいたんスね!」
「トビ!」
走り寄って来る、いつものぐるぐる仮面。思い返してみても、さっきのあの人物とは似ても似つかない。
その件は一先ず置いておいて、私はトビを探していた用件を片付けることにした。
「――と、いうワケですよ」
「なるほどね…分かったよ、ありがとうトビ」
とりあえず近かった私の部屋へトビを招き入れて、ささっと話を済ませた。
あれだけ探すのに苦労したのに、いざ話し始めてみれば、呆気なく解決してしまった。
「じゃっ、ボクはこれで!」
書類の束をまとめていると、ビシっと敬礼のようなポーズをとってトビが退室していく。
ふとそれを見送りながら、一抹の違和感が胸を掠めた。ああ、そうだ。なんでトビはさっき、私を探していたのだろう。『こんなとこにいたんスね』、なんて。
けれどその漠然とした靄を振り払うように、ガチャ、とドアノブが回り、黒いコートに包まれた背中が一歩、外へ踏み出した。
「あ、そういえば」
なんて言いながら立ち止まった背中がやはり先刻の人物と被るが、何も言われなかったということは、少なくとも別人だったのだろう。一時そう、胸を撫でおろしていたのに。
「今度ボクの部屋来るときは、ノックぐらいしてくださいね」
「――え?」
言葉の意味を理解できない、私をひとり残して。
その背中は答えを語らぬまま、扉の向こうへ消えた。
---
トビにしろオビトにしろ後ろ姿に魅力があると思います。
2015/04/05