「オレは霧隠れに寄ってから行く、お前は引き続き捜索に当たれ」
「承知いたしました」
「……お前は優秀な忍…そして優秀なオレの部下だ……期待しているぞ」
「……はい……」
面を伏せ、主が退出するのを待ってから、女もすぐに外へ出た。
今日も雨隠れの里には、激しい雨が叩きつけている。
「そんな所にいては、濡れますよ」
「……鬼鮫さん……」
軒先でぼうっと空を見上げていたら、隣から聞き慣れた声が耳に入った。
「全く、あのお方も人使いが荒い」
「そうですね……」
二人は、犯罪者集団、暁に属し行動を共にしている。
であるが、それ以上に、“あの方”の側近くに仕える同志でもあった。
「では、私はこれにて。鬼鮫さんも、どうかご武運を」
女が笠をかぶり、外套で雨風を凌ぎながら軽く頭を下げると、クク、と小さな笑い声が落ちた。
「アナタも、難儀な人ですねェ」
「…………」
「私情を挟むな、とは言いませんが…この先、身を滅ぼすかもしれませんよ?」
「……それは、あなたも同じでしょう」
「ククッ、違いありませんねェ……」
再び空を見上げると、分厚い雲が空を覆い隠し、切れ間の一つもありはしない。
「でも私と違って、貴女の方は、報われない。違いますか?」
「………」
「……いや、お喋りが過ぎましたか。では私も、これで」
「………鬼鮫さん、」
今度は去ろうとした背中に、女の方が声をかけた。
「私、そんなに、分かりやすかったでしょうか」
しばしの無言。
しかし、ぶつかった視線が口ほどに物を言ったようで、女は、それを“肯定”と受け取った。
「……では、以後、そのようなことがないよう、気をつけます」
失礼します、とだけ言って今度こそ身を翻した女が、雨音に紛れて姿を消した。
「…と言っても、あの方にはもう、とっくにバレていると思いますがねェ…」
その背を見送りながら呟かれた言葉も、激しい雨音にかき消され、誰にも届かなかった。
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しのぶれど 色に出でにけり わが恋は ものや思ふと 人の問ふまで
というわけで定番百人一首ネタでした。鬼鮫さん夢ではないです。多分。
2015/04/26