今日は久々の非番だった。朝から天気も良かったし、私は、少し遠出して前から目をつけていたとあるモノを買いに行った。

「ふふふ〜」

小躍りしながら、しかし中身が崩れないよう慎重に。小さな箱を抱えアジトへ急ぐ。この中に秘められたサックリしっとりな小麦色の生地、ふんわり濃厚なクリーム、それらを彩る瑞々しい果実たちを思えば、否応なく心が弾むというものだ。このたった一つを手に入れるのに数時間もかかってしまったが、私は美味しいものを手に入れるためならばどんな苦労も厭わない。たとえ自分が一端の犯罪者だとしても、可愛らしい店の軒先で一般女性たちに紛れ、何時間も律儀に並ばされようが一向に構わない。下らない常識やプライドなんて、愛しのスイーツちゃんの前では塵に等しい。

そうこうしているうちに、辛気臭い我らがアジトへ着いた。本当ならそのまま洒落たお店で優雅な昼下がりといきたかったのだが、あまりに人混みがすごかったし、一応のんびり茶をしばいていられる立場でもないので、そこは弁えてテイクアウトにした。自分を褒めてやりたい。

迷うことなく自室へ向かい、扉を開け、さあこのパイをどうしようかしら、この子は一体どれだけ幸せな味がするのかしらと顔を緩めた、そのときだった。

「あああ先輩助けてーッ!」

「っぎゃあ!」

ドンッ、ぼてっ。
音で表せばこんな感じ。ほんの一瞬の出来事だったけれど、私にとってはそれが超スローモーションで見えていた。

「あっ……あっ……」

「わっ、先輩すみません!」

わあわあと騒ぎながら纏わりついてくる仮面男などもはや眼に入らなかった。たった今、私の手の中から床の上へダイブし、見事なまでにひっくり返り、ぐっちゃりと崩れたそれをただ見つめていた。

「…………トビ……?」

「ひ、ひえっ!ほんっとにすみません今片付けますんで!」

そんなのいいよもう、と言う私を無視して、このぐるぐる仮面はさっさと床の“汚れ”を始末していく。あっという間だった。黙ってそれを見届けた後、今度は私がベッドへダイブした。

「……………」

「せ、先輩……?」

「……もう…どっか行って……」

あわわ、なんて口にしている後輩兼恋人を、今日ばっかりは可愛いなんて思えなかった。これ以上ここにいられると爆発してしまいそう。

「先輩……すみません……」

なのにこいつが、聞いたこともないようなしおらしい声で謝るから。怒るに怒れなくって、行き場を失った感情が溢れそうになる。

「………っ……」

ギシ、とベッドが少し沈むと、トビがやけに優しい手つきで私を撫でた。

「先輩……お詫びにこれから新しいの、二人で食べません…?」

「………新しいの、って……トビ…今から買ってくるの…?」

「んーいや……買うんじゃなくてつくるというか……」

「つくる…?トビが…?」

「ボクがというかまあ、ボクと先輩の共同作業で」

「……?私クリームパイなんて、つくり方知らないよ…?」

「ハハ、心配いりませんよ。ボクに任せてください」


***


――それから数時間後。

「ごめん……私、今日はいいや」

イタチがお土産に買ってきてくれた団子を断ると、珍しいこともあるものだと驚かれた。まあそうだよね。イタチとは数少ない甘味仲間で、お互いよく美味しいお菓子の情報交換とかもしていた仲だからね。ついでにいつになく疲れた様子の私を気遣ってくれるイタチと鬼鮫に心が痛む。

「アハハ、先輩もうしばらくは甘いものいらないって感じですよねー、なにしろもう」

「っ、トビ!」

どっからともなく現れた心痛の原因を引っ掴み強引に連れ出す。後ろから怪訝そうな視線が突き刺さる気がしたが、それどころじゃない。

「ちょっと、先輩なんなんですか!」

「それはこっちのセリフでしょ、あんた今、なんか余計なこと言おうとしなかった!?」

「ええっ?ボクはただ正直に、“もう甘いものはいりません”って伝えようとしただけですよ」

「……」

「先輩はもう文字通り“お腹いっぱい”クリームパイ食べたので、って」

「……やっぱり最低だよ、トビ……」


---
純粋な心の持ち主だけが食べられるクリームパイと邪な心の持ち主だけが食べられるクリームパイのお話でした。タイトルから一発でお察しされた方は相当な邪度です(笑)
みなさんはどちらをお召し上がりになりましたか?

2015/04/30

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