近頃奇妙な夢をみる。

薄暗くもなければ、特段明るくもない。暑いわけでもなければ、寒いというわけでもない。茫洋たる空間に、何をするでもなく、私はずっと、ずっと立っている。疲れることもないが、かと言って愉快なこともない。それでもなぜか、この夢をみる度に、私は、不思議な思いに駆られる。自分が何か、為さねばならぬことが、そこにあるような気がしてくる。

そんな奇妙な夢見が数週間ほど続いた後、恐る恐る、身内に打ち明けてみたら、「お前は元々、そういう力を持った一族だったから」と、思いもかけない言葉が返ってきた。

何も知らなかった。
生まれてこの方、極普通の一般人として育てられてきた私に、どこぞの“忍”の血が流れていたなんて、そんなこと全く知らなかったのだ。

その事実は私を震え上がらせた。
だって、“忍”といえば、ついこの間まで、五大国を巻き込んで、よく分からない自分たちの勝手な都合で、争いを続けていた奴らじゃないか。

あんな得体の知れない存在と、自分に繋がりがあったなんて、信じられなかった。
けれども、そんな衝撃や不安を抱いて眠った私をよそに、件の夢は、いつもの通りに訪れた。

唯一、“いつも”と違ったのは、どこからか、誰かが私を呼んでいたこと。

「誰――?」

反響しては薄らいでいく声に答えてみても、返事はなく。何度かそれを繰り返して、ようやく、そもそも、自分の声が“音”になっていないのだと、気が付いた。


このもどかしい夢は、幾日か続いた。
そうしてもう、声の主を探すのも、必死に答えてみるのも、諦めかけた頃。声も音も無く、唐突に、その人は現れたのだ。

「あなた……誰?」

男の人だった。やっとやっと会えたのに、どうしてもまだ、声は伝わらなかった。

「――、」

顔の半分に痛々しい傷痕のあるその人も、微かに口元が動いているのに、声は聞こえてこない。

ただ、目覚めてしまう寸前、右手に持っていた一輪の花を、じっと見つめていた。


次の日。今度は、最初から“彼”が立っていた。
そうして昨日持っていたのと同じ、一輪の白い花を携えて、彼はどこかへと歩き出した。

「来てほしい」と。
そんな風に言われた気がして、私は、彼の後についていった。

どれほど歩いただろうか。近くもなければ、遠くもなかった。
途中、確かにどこかの道を歩いていたように思う。なのに、どんな風景だったかは、靄がかかったように思い出せない。
辿り着いたのは、ひとつの大きな石碑と、たくさんのお墓が並んでいる、広場のような場所だった。

「慰霊碑……?」

男の人は、その奥の石碑の前に立って、右手の花を見つめた。きっとこの花を供えたかったんだな、と、私はそう思って見守っていた。

「あっ……」

けれど、彼が差し出した白い花は、どうしてだろう、石碑の献花台をするりとすり抜けて、音も無く、地面に落ちた。

「…………」

ひどく悲しそうだった。僅かに眉を寄せただけだったのに、そのとき、彼の胸の内にどれほどの悲哀が溢れたのか、はっきりと、私にまで伝わった気がした。
それから、彼が落ちた白い花を拾って、こちらを振り向いた。眼を合わせたとき、私は、自分がやっと、何をすべきだったのか悟った。

「この花を、持って行くね」

きっと彼にも、私の声は聞こえていない。
けれども私が差し出した手のひらに、彼がそっと、花をのせた。


できすぎていると、思った。
はっと目が覚めて、一瞬、我に返りかけたのに。朝日を遮るカーテンを引き、窓に手をかけようとしたら、そこは既に開け放たれていて。たった一輪、窓際にぽつりと佇む白い花が、私を迎えた。

それから起き出してすぐに、急用で、行ってほしいところがあると、仕事先から連絡が入った。どこか確信めいた気持ちでその行き先を確認して、私は、二つ返事で里を発った。



「遅くなって、ごめんなさい」

翌日。
火の国の、木ノ葉隠れという忍里で、私はあの、見覚えのある慰霊碑の前に立っていた。

一日経って、少し、花も頭を垂れていた。
あの人がそうしていたのと同じように、石碑の前に立って、そっと、白い花を差し出し、手向けた。

声が聞こえるでも、誰か来るでもなく。それどころか、風のひとつも吹きやしない。

だけど私の右手の花が確かに石碑の前に供えられた、それだけの行為がどうしてか、とてもとても、尊いことなのだと思えた。あんなに疎んでいた忍の里へわざわざ足を運んで、私がこんなことをしているという事実は、どこか不思議でもあったし、どこか当然のようでもあった。


少ししてから、私はその場を後にした。

去り際、中央の慰霊碑からはやや離れた隅の方に、小さな石碑があって、目を留める。整然と並んでいる他のお墓とも違って、隅へ隠れるようにも見えるその前に、私は立った。表面に彫られた六文字が、人の名前なのだと、ひと目で分かった。

「うちは、オビト」

小さいけれどもしっかりと手入れのされた墓の後ろに、ひっそりと、花が咲いていた。一輪の、白い花だった。



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2015/06/15〜2015/06/27
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