「名無子さん」
秋の寒空を見上げていたら不意に。やけに落ち着き払った声でこう言ったのは、トビだった。
「月が綺麗ですね」
「……、どうしたの、急に。珍しいね。トビがそんなこと言うなんて」
茶化すように肩をすくめて、微笑んでみたけれど、いくら待っても返事はない。ただ、代わりに、無言で歩み寄ってきた彼は、半ば震えていた私の肩をやんわりと抱いた。
「……、……。……死んでも、いい」
――ぼそり、と。恐る恐る、消え入りそうに呟いた。彼の指が、ぴくりと動いた。
「……フ……、まだ死なれては困るがな」
「……なあに、それ」
返ってきたのは、先程までとは違う、低いマダラの声。……ああ、私、すごく思い切って答えたのに。彼の反応は、私が期待していたのよりもなんとも曖昧なものだった。
「……、」
考えてみたら、最初っから「月が綺麗ですね」に深い意味も何もなかったのかもしれない。そう思うとどう反応したものか勝手にやきもきしていた自分がばかみたいで、まあるい月を仰ぎながら嘆息する。
「……お前は」
「……?」
「どうせなら敵の懐ででも死んでくれ」
「……は、あ?」
思わず怪訝な顔をしていると、そのまま強引に顎を掴まれる。
「お前はオレのためだけに生きればいい。そして死ぬときも、オレのためだけに死ねばいい。そうだろう、名無子?」
とんでもない理不尽を言われているはずなのに、どうしてか、晒された彼の貌から目が離せない。いつもなら余裕ぶって「はあ?」とでも呆れてやりたいところなのに。どうして。彼の眼に射すくめられて、それも叶わない。
「……だから、言ったでしょう」
死んでもいい。観念して、まるで誰かに言い聞かせるようにもう一度、ぼそっと呟くと、逆光の中の彼の唇が、とても美しく、禍々しく歪んだ。
「わたしはあなたのもの」
――当然だ、と言ったのはトビでもマダラでもない、静かな声だった。
END
2017/11/11