トントン、と後ろから肩を叩かれる。反射的に振り向けば、ぐに、と指先が頬に突き刺さった。

「……何?」

「いやー、先輩って、相変わらずほっぺたプニプニっスねー」

ふにふにふにふに、と手袋に覆われた黒い指先が何度も小突いてくる。

「あんまりふっくらしてるから、何か変なモノでも拾い食いしたんじゃ!?なーんて心配しちゃいましたよ」

「そんなわけないじゃない」

「もうっ、そんなに膨れないでくださいよ!もっと触りたくなっちゃう!」

しつこく突付いてくる手を振り払ってみても、この後輩は鬱陶しくまとわりついてくる。

「ねえねえ先輩、チューしてもいいですか?」

「はあ?」

あまりにも突拍子もない台詞が聞こえてきたから、呆れて物も言えずにいたら、いつの間にか目の前には橙色が迫っていて、ちゅっと濡れた音がした。

「……、……」

このときの私の心境はというと、正直全く覚えていない。ただ、そんなふうに思考が飛んでしまうくらい動揺していた、ということはどうやら確からしい。……認めたくないけれど。だってそれは、私の“はじめて”だったから。そりゃあ小さい頃には母親や父親にもされていたかもしれないが、物心ついてからはじめて、はじめて私は、他人の男性からチューされてしまったのだ。

自己弁護するわけではないが、それにしてもあれは、ちょっと触れた、なんてものじゃなかった。湿った感触がしたのだ。思いっきり吸われた。多分、わざと、音を立てるために。

自分ではすっかりフリーズしてしまったものと思っていたが、しかし、あのとき私はよっぽど衝撃を受けていて、それはトビにも伝わったらしかった。いっそいつものように笑い飛ばして茶化してくれたらよかったものの、私の意識が戻って最初に認識できたのは、ただしんと黙ってこちらを見つめている、面をした後輩の姿だった。


あのとき私はいったいどんな顔をしていたのか。それは未だに分からないけれど、少なくとも随分とショックを受けた顔だったようで、それがさぞかし彼のお気に召したらしいということは、後々嫌でも分かった。そして残念なことに、私はさらに色々な“はじめて”を彼に奪われることとなってしまったのだった。

「……おい、聞いているのか」

「――、痛っ」

グニっと乱暴にほっぺを抓まれる。いい加減、彼は私の頬がグミか何かだとでも勘違いしているのではないか。ちゃんと痛覚もある、神経の通った人肌なんだから、もっと優しく扱ってほしいのに。

そもそもこの人はこういう時に饒舌すぎるのだ。よくもまあこんなにおしゃべりする気力が残っているものだ。さすが我らがマダラ様、大した体力だ。毎度毎度眠くなるのを我慢しながら付き合わされる私の身にもなってほしい。

そんな私の気持ちが表に出たのか、マダラ様はクックと低く笑って、赤くなっているだろう右の頬に、いつものねっとりしたキスを落としてくださった。

「どうした」

「え…?」

「近頃、反応が薄くてつまらん」

もっと前のような顔をしてみせろ、と言われ、思わず「そんな……」と溜息が出る。というかそもそも、人の嫌がる顔で興奮を掻き立てられるなどという、己のその歪んだ性癖を今一度省みてほしいものだ。

「まあ、分かっている。お前もやぶさかではないのだろう?」

その上自信たっぷりにこんなこと言われてしまっては、眉間に皺も寄るってものだ。

「やめてくださいよ……」

そうしたら彼はまた笑って、「そうだ、その調子だ」とからかってくるから、珍しく反撃してみようかと閃いた。一瞬、「もしかしてすり抜けられるかも?」なんて危惧したのはほんの一瞬のことで、それからの自分の行動は驚くほど早くて、気が付けば、私の唇はちゅっという音とともに彼の頬にくっついていた。

「――、」

微かに彼が目を見開いたのを、私は見逃さなかった。
まさか、彼が動揺した?……私にもわかるほどに?――なんて、一瞬で色んな思考が駆け巡って、知らず知らず、口角が上がるのを抑えきれなかった。私ははじめて、彼の気持ちを理解した。

「これは確かに、クセになるかも」

思わずにやけていたら、「うるさい」と反対の頬を引っ張られた。それが二秒後のこと。


END

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先日こんな妄想を寝る前にしていたら夢のなかにチューリップが出てきました。近頃綺麗ですよね、チューリップ。

トビやマダラも当然嬉しいですが個人的にはオビトにほっぺチューしてもらえたら死んでもいい。嬉しさ的にはイーブンだけど難易度はオビトが一番高そうだからレア度的な意味で。

2016/04/16

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