その日はやけに早く目が覚めたんだ。
朝靄のなか、懐かしい演習場への道を歩いて、君の面影を辿ったんだ。
『よし、こっからどっちが早く着くか、競争ね!』
小さい頃はさ、実は私の方が早かったんだよね。駆けっこ。でもいつの間にか追い抜かされて、追いつけなくて。いつかまた追い越してやるって、心に決めてたのにさ、君は、急にいなくなってしまったよね。手の届かぬ処へいってしまった。
それからのことなんてもう思い出したくもないような記憶だけれど、やっぱりね、君ってばずるいよ。また会えたと思ったら、ほんとうに、ほんとうに手の届かないような存在になっていたんだから。
やっと“思い出”にできたはずだった。胸の奥に、大事にしまいこんで。鍵をかけて。でも君の顔を見た瞬間、私の中からなにか、なにかが溢れて止まらなくなった。止まらなくなって、流れだしたそれは、けれど、誰にも掬われることもなく、また、君は、遠くへいった。
今度こそそれを“思い出”にできたかっていうと、多分、そんなことはなくて。だからこそ私は今も、こうして、あの日の光景をなぞっている。
『位置について、』
『よーい、』
「ッ、どわっ!!」
「!」
地面に膝をつき、蹴り出そうとしたそのとき。林の向こうから、ガサガサ、ドサッと、物騒な音が聞こえてきた。
「ったた……」
「……ボルトくん?」
木から落ちたのだろうか。葉っぱにまみれて尻もちをついていたのは、見覚えのある、黄色い髪の男の子。
「……こんな時間に、ひとりでなにしてるの」
「……別に……」
思わず問い詰めるようなきつめの語調になってしまい、彼も膨れっ面を見せる。
まあ、差し詰め“秘密の修行”とかそんなところだろうか。実はこれまで何度か、ボルトくんがこっそり人気のない所でひとり修行している場面に遭遇したことがある。負けん気が強いっていうか、“天才”なんてもてはやされてはいるけれど、それは確かな“努力”に裏打ちされた結果なんだろうなって、私は知っている。
「そっちこそ、こんなところでなにしてたんだよ」
「ん? そうだね……必殺技の特訓、とかそんなとこかな」
「ウソつけ、さっきまでそんなことしてなかっただろ?」
「なあんだ、案外ちゃんと見てたんだね」
恥ずかしいな、あんなところ観察されてたなんて。じゃあせっかくだから、誘ってみようかな。
「ボルトくん。私と駆けっこ勝負、してみない?」
「駆けっこォ?」
「そう。あそこの演習場まで、どっちが先に着くか、競争ね」
えぇ、と難色を見せる彼に、ダメ押しの一言。
「ボルトくんが勝ったら。秘密にしといてあげるよ、ここにいたこと」
「エ……」
「でももし私が勝ったら、」
「いや。わかった、その勝負、のってやるぜ」
「ふふ、そうこなくっちゃ」
ボルトくんは真剣な表情で、私の隣に立った。父親譲りの空色の目が、朝日を映してキレイだなって、不意に思った。
……そういえばさ。ナルトくんは君に似てる、って、誰かが言ってたけれど。ボルトくんはどうなんだろうね? なあんて、今、私がしていることが、答え、なのかもしれない。
「それじゃあ、」
あの時と同じように、もう一度、膝をついて。けれどもう、隣に君はいない。走りだしてもきっと、もう、君の背中は見えない。
「位置について……」
――でもさ、これからは後ろから、どこかからみんなを見守っててよね。
「よーい、」
みんなで前へ、走って行くから。
「――ドン!」
思いを、繋いで。走っていくから。
END
2016/08/20