むかしばなし

「……退け」
「いやです」
「退け」
「いーやーでーすー!」

一体もう何度、こんな下らないやり取りを交わしただろうか。トビ――もといマダラは、振り返りながら辟易していた。
なんのかんのと理由をつけて名無子を取り立ててきたが、それにしてもつくづくと鬱陶しい。特に近頃は“暁”としての活動も活発になってきたため若干名無子をぞんざいに扱ってきたのだが、それがかえって刺激になったらしく、あまりにしつこく食い下がってくるので、いよいよ“お払い箱”にするための方策を考えはじめた。

「……そもそも、だ」
「はい?」
「なぜお前はそこまでオレに執着するのだ」

そんな問いが出たのも、「この問題を根本から片付けよう」との思惑からであった。

「ですからそれは、結婚したいからです。あなた様と」
「ではなぜ、オレと結婚したがる?」
「それはもちろん、あなた様との子がほしいからです!」
「…それはまた、なんで?」
「それは…それは、私の一族の再興、のため、です」

マダラは少し意外な思いであった。この突拍子もない言動にも、一応は動機があったのだなと、今更になってはじめて知ることとなった。

「……お前の一族、というと……眼がいいとかなんとか以前言っていたな」
「はい。でも、実は今は…私が最後の生き残りなんです」

その時点で既にマダラは大方の筋を察したのだが、ひとまず名無子の語りを聞いてみることにした。

「私を育ててくれた祖父が――一族の長が、常々口にしていたのです。“お前は、一族を再興せよ”と」

変な話ですが、と名無子は続ける。

「私の一族にはそれなりに歴史がありまして…忍としての才覚は大したことがなかったのですが、代々この便利な“眼”がありましたので、地方の大名などには重宝がられてきたらしく…。そのせいで段々天狗になったと言いますか、無駄に矜持だけは高くなったとかで、一時期周囲の不興を買って戦となり、一族離散の憂き目に遭った…などと聞いております」

「……で? それがオレと、どう関係があるのだ?」

「…はい。それから…我が一族は数が激減し、細々と血を繋いでおりました…が、今日に至り、生き残りはついに私ひとり…。そこで祖父はこう言い遺されたのです。“うちはマダラを探せ”と…」

「……」

「そう…忍の頂点たる男と子を成し、一族を再興せよと…私に言い遺されたのです…!」

どこか感極まった様子の名無子に、マダラは自然とため息をついた。

「お前の祖父とやらは……気でも違っていたのか?」
「えっ!?」
「なぜうちはマダラを…大昔の、伝説上の男を探せなどと無茶を言う? 普通なら死んでいるはずだろうが」
「まあ、それもそうですよね。私も最初はそう思っていました……ですが、祖父は執念で探し当てたのです。そして実際、私はその情報を元にあなたに辿り着いた……」

興奮気味に「なにしろ、」と名無子は身を乗り出す。

「私の一族は…代々…あのうちはマダラは死んでなどいないと…そう語り継いできたんですから…!」

「それはまた、何故」とマダラが訊けば、待ってましたとばかりに名無子が答える。

「なぜなら! そう、忍里創設の時代に、我らが一族を一網打尽に叩きのめしたのが、何を隠そうそのうちはマダラなのですよ!」

「……は?」と思わず、マダラは気の抜けた声を返した。

「あれほどの仇敵がそうやすやすと死ぬはずもないと…生き延びた一族の者達が、代々語り継いできたのです。そして…そしてついに、祖父は見つけました…あなた様のことを! ご先祖様が記した書物にも散々あなた様の素晴らしい逸話が残っていましたから…祖父は、この男になら、マダラ様であれば一族の命運を委ねられると。そうご決断されたのです!」

「…よく分からないが」

無茶苦茶な話の流れに、マダラが思わずそう前置きしたのも、無理はないかもしれない。

「よく分からないが、お前のその傍迷惑な性格は個人の気質ではなく、一族単位のものなのだとよく分かった」

ええと、と首を傾げる名無子にマダラは言葉をかぶせる。

「だがな、お前のそんな都合にオレが合わせてやる義理は一切存在しない」
「そんなっ、ひどいじゃないですか、私、さんざんあなたに尽くしてきたのに…!」

しなだれかかり縋り付く名無子を振り払いながら、マダラはもういっそバラしてしまおうかと考える。

「そもそも、な。オレはお前の求める“うちはマダラ”ではない」
「……え?」
「オレは“マダラ”などではない…以前にもそう言ったハズだがな」
「……、でも」
「…?」

「それでも……たとえあなたが“うちはマダラ”でないとしても。私の思いは、変わりません」
「……フン……何を……」
「わかるんです! 私、はじめてあなた様に会った日から……きっと、これは運命なんだって……あなたこそ運命の人なんだって、そう感じていました!」

急にそんなことを喚き出す名無子を、マダラは心底煩わしく思った。

「さっき、お話しましたよね…私の一族は、随分数が減ってしまって…もうずっと、血を残すためだけに、閉塞的に生きてきました…。けれど私の母は、掟を破って外界の男性と結ばれました。そうして生まれたのが私…だからこそ…祖父も、これが一族の運命なのだと――……」


マダラにとっては、名無子の語る全てが上滑りして流れていくだけだった。

「……運命、か」

名無子が、心を込めて話せば話すほど。そのチンケな“夢物語”に、冷たい嫌悪感が湧いてくる。

「そんな下らんものでオレを縛り付けるな」

「…あ、ま、待ってくださ…!」
「もう来るな……お前は用済みだ」
「…! いやです、私…もっと尽くしますから! あなたの力になりたいんです…だから…」

「――なら、」
「あうっ、」

いつかそうしたように。壁際で名無子の首元を掴みあげ、マダラはその赤い瞳で睨めつけた。

「もう二度とオレの前に現れるな」
「……っ」
「その喧しい口を噤んで…何処へなりと消え去れ…オレのことを思うならな。それがお前にできる…唯一のことだ」


立ち尽くす名無子を尻目に、マダラは踵を返す。

「おいトビィ! こんなとこにいやがったのか、さっさとしろ! 行くぞ!」
「ハイハーイっデイダラセンパーイ! ちょっ、待ってくださ、置いてかないでくださいよォ!」 


「……、……」


それから。名無子が組織のリーダーたるペインから、僻地のアジトへ“警備”に向かうよう言い渡されたのが、翌日のことだった。


つづく


2016/09/06

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