いろじかけ(しっぱい)

あの一件以来、名無子はますますトビに積極的になっていった。
それでもトビが名無子を無理に引き離さなかったのは、案外胸を張っていただけあってその“眼”の能力が役立っていたことと、あとは何より「こんな下らない小娘ごときにムキになってどうする」といった、半ば意地のような、しょうもない理由でもあった。

とはいえ、珍しくトビがアジトの私室で休息をとっていたこの日の晩、悪びれもせず堂々と名無子がやって来たのには呆れ果てた。

「何のつもりだ」
「何、ってそれは……もちろん、夜のお勤めに決まってます!」

今まで気づかずごめんなさい、と名無子は本気で申し訳なさそうな顔を見せる。

「私ったらそこまで気が回らなくて……だからトビさんも私を認めてくださらなかったんですよね」

トビが黙り込んでいるのをいいことに、名無子は勝手にひとりで話を進めていく。

「やはりこういったことも妻として大事な務めですから…これからは精一杯ご奉仕させていただきますね!」

「そしてあわよくば既成事実ゲットです!」と名無子が小声で付け加えたのを、トビは聞き逃さなかった。
寝台に横たわるトビに向かって、名無子は勢い良く飛びつく。が、

「ふが! いたっ!」

名無子の体はトビをすり抜け、顔面を強かに打ち付ける。固い寝台に鼻の頭から突っ込んだ名無子は、哀れな声をあげた。

「え、え、なにこれ……?」

赤くなった鼻を抑えながら、名無子は涙の滲んだ目を白黒させる。そういえば、名無子にはまだすり抜けを――“神威”を見せたことはなかったな、とそこではじめて、トビは気が付いた。

「みっともないヤツだな」

と、寝台にうずくまったままの名無子を見て自然とトビはそう思ったのだが、これが案外堪えたらしく、名無子はそのままピタリと動かなくなった。

「……、」
「……」
「……おい……いい加減にしないか。邪魔だぞ」
「……」

ハア、と溜息を吐いてトビは名無子に手を伸ばす。肩を掴んで仰向けに転がしてやると、顔中赤くした名無子が、ボソリ、と呟いた。

「恥ずかしい……」

それから「ごめんなさい」とやけにしおらしく謝った名無子に、トビはどこか拍子抜けした。

「本当に…こんなのみっともないですよね…あなた様の妻には相応しくない…」

相変わらずこの名無子の妄言にはついていけないトビだが、ともかくさっさと出て行ってほしい一心で話を合わせることにした。

「ああ、そうだな……だが分かればいい……分かったならさっさと――」
「はい。次は…次は、私の部屋でお待ちしておりますね」
「……、」

噛み合わない言葉に眉を顰めた直後。

「やっぱりこんなに自分からだなんて、はしたなかったですよね…すみません」
「……」
「トビさんがお淑やかな女性がお好みだということはよく分かりました。なので…、今度からはきっちりと身を清めて、お部屋でお待ちしてますね」

いつでも来てくださいね、とやはり飛びつこうとしてきた名無子を、トビは神威で吸い込んだ。


「いたあ…、えっ…? ここどこ…!?」
「少しはここで反省しろ」

しかし、神威空間での反省会も名無子にはあまり効かなかったらしく。

「すり抜けとか時空間ナントカとか…! トビさんの新しい一面を知ることができて、私うれしかったです…!」

「やっぱり私の旦那様は素晴らしい忍ですね!」と、余計に目を輝かせる名無子にトビは手を焼くこととなる。



――余談。

後日、妙にしょぼくれた様子の名無子に、トビが訝しがりつつ探りを入れてみたところ。

「実は……先日リーダーに叱られてしまいまして……」

曰く。「みだりに“暁”の風紀を乱すな」と窘められたとのこと。
面の皮が厚そうなこの女も、意外とペインが苦手だったりするのだな――とトビは、密かに“名無子の弱点”を胸に刻んだ、のだが。

「やっぱりよくなかったですよね…あの日…」
「…?」
「あの日…トビさんの部屋に行った日…私、途中で他のメンバーの方々にお会いして…それで、こんな夜中に何しに行くんだ、って訊かれて…後ろめたいこともないから正直に『夜這いです』ってお答えしたんですけど…やっぱり不味かったですよね…」

その“他のメンバーの方々”とやらの反応を思って、トビはなんだか背筋が冷たくなった。
と同時に、近頃どこか己に対するペインの言動に含みを感じる……と思っていた原因が、こんなところにあったのだな、と他人事のように悟ったのであった。


つづく


2016/08/16

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