「トビさん」
「……はあ」
「トビさんトビさん!」
「まったく、何でこんなことになったんスかねェ……」
「トービーさーんー!」
ゲンナリした様子のトビとまとわりつく名無子。この二人の組み合わせは、いつしか暁の日常風景の一部となりつつあった。
「さあさあ、次はどちらへ行かれます!?」
「……」
というのも、元を辿ればトビ自身がやむを得ず名無子を傍に置くことにしたのが発端であった。
『つか、なんでよりにもよってトビなんだよ、うん』
こっちこそ訊いてみたい。そんな問いをデイダラが名無子へ投げかけたのが、少し前のこと。
『え? それはもう……えへへ……』
『ホーント、意味分かんないっスよねー!』
意味ありげにちらちらと視線を向けてくる名無子に、トビはわざとらしく大げさに首を傾げてみせる。
『まあ色々あると言えばありますけど……一番は……』
『一番は?』
『……ひみつ、ですっ!』
きゃあ、と声を上げひとり盛り上がる名無子に、デイダラも理解不能、とばかりに冷たい眼差しを浴びせる。
『……(面倒だな……)』
一方で、トビもその仮面の奥で冷静に名無子を見据えていた。
率直に言ってしまえば、トビは、いつ名無子が口を滑らせ、余計なことを言い出してもおかしくはないと考えていた。
まあこんな得体のしれない小娘が突然何を言ったとて惑わされるような連中ではないはずだが、それにしてもせっかくの己の作り上げた組織、暁に、余計な波風を立てられることは避けたい。それがトビの本音であった。
そこで仕方なく、トビは名無子を無理に遠ざけるより、手元に置いて監視することを選んだ。結果としてそれは、名無子を増長させる原因となったのだが――。
それにしても名無子は、いくらトビが冷たくあしらってもめげずに食らいついてきた。
疑ってかかっていた「口が堅い」という自己申告も、案外嘘ではなかったようで、今のところ目立った失言などもなさそうだった。
そんなこんなで、名無子に対する警戒心がいくらか緩んでいたのと、それとたまたま、計画していた任務が頓挫して少しばかり機嫌が悪かった――それがこの夜、トビにとっての転機の引き金となった。
ただですら薄暗い雨隠れの里が、一層深く染まる深夜のこと。ペインや小南との会合を終え、待たせていた名無子を呼びつけたトビは、すぐさまある異変に気付いた。
「……」
「……」
いつもなら飼い主を待ち侘びた犬のごとく転げ寄ってくるはずの名無子が、その日は無言だった。それどころか、こちらには目をくれようともしない。まあそれならそれでトビにしてはむしろやりやすいことこの上ないのだが、ある意味不気味であったし、面倒事の前触れにも思えた。
事実、しばらく連れ立って歩いてから、不意に名無子はぼそりと呟いた。
「……うそつき」
「……え……?」
「トビさんの……うそつき……」
伏せていた顔をあげて、急に名無子は、トビの胸に飛びついた。
「うそつきっ! 私、信じてたのに…! 全部、嘘だったのね!? 私を騙してたのね!?」
「????」
「さっき聞いたのよ! 私、さっき聞いてたの……トビさんとリーダーが話しているところ」
「……」
ああ、とトビは胸の内で納得した。と同時に、不甲斐ない己に舌打ちした。
名無子にはまだ、“マダラ”としての面を明かしてはいなかった。だからこそ、“マダラ”として振る舞う際には、厄介払いをして遠ざけるようにしてきた。
ところが今日は、ペインと顔を合わせたときもすっかり警戒を怠っていた。名無子が潜んでいたことなど、気づきもしなかった。いつもあれだけ付きまとってくる名無子が、好奇心に押され覗きに来ることなど分かりきっていたはずなのに。
「ひどいじゃないですか…私…信じてたのに…」
「……」
「リーダーも…小南さんも…“マダラ”って…呼んでたじゃないですか…!」
縋り付く名無子をいかに振り払うか、ただそれだけを考えていたところ。
「うっ……私だけって……思ってたのに……っ」
「……?」
予想外の言葉に、トビは困惑する。
「ふたりだけの秘密だなんて、嘘だったんですね!?」
それからやや間を置いて、やっと名無子の真意を理解した。
「最初っから誰もそんなこと言ってませんよ……」
あまりにくだらない名無子の発言に、思わず肩の力が抜ける。が、こんな小娘ごときの気配も察知できなかったのかと、呆れと苛立ちも湧いてくる。
「そんなこと言って! 私の気持ちを弄ぶだなんて! ひどいです!」
「そうですか。じゃあもうボクなんか追っかけてないで、何処へなりと行って下さいよ」
「イヤです! そうはいきませんからね!」
腕に齧りついてくる名無子を反射的に払い除けると、そのままトビは名無子の胸倉をつかみあげ壁際に押し付ける。
「鬱陶しいな」
「…!」
「いい加減にしないと……こうなるぞ」
「…っ、」
離れた手がすっと上へと這い上がり、一瞬、ほんの一瞬だけ、名無子の首を圧迫した。
解放された名無子がその場にへたり込むのを見下ろしてから、トビはすぐさま背を向けた。
少しばかり脅してやるつもりだったが、やりすぎたか――そんな思いが過るくらいには、効果は覿面だったようで。丸々一日ほど、名無子はトビに近寄らなかった。
――これでいい。清々した気持ちですらあったトビだが、そんな時間は長くは続かなかった。
「……トビさん」
翌々日の朝、まるで何かを決意したような顔で、力強い表情で名無子が頷いていた。
「大丈夫です。私、気にしませんから」
「……?」
「たとえ、たとえあなたが二重人格でも…! 私、ずっとあなたに付いて行きますから…!」
一転。今度は名無子の方がひどく晴れ晴れとした面持ちで、トビは再び頭を抱えることとなった。
つづく
2016/08/11