ふたりのひめごと

――そんなわけで、仮面の男ことトビが、名無子と名乗る奇妙な女と遭遇してから、早数週間。
あれ以来、特に変わったこともなく、彼の日常は順調に時を刻んでいた――かに思われた。そう、今日この日までは。

『そういえば、近頃角都が新顔を雇ったらしい』
「……ほう? それは初耳だな」
『今のところ特段怪しい部分はなさそうだが…念のため伝えておく』
「そうか…何れにせよ、近いうちにアイツらとは顔を合わせる予定だったからな。ついでに少々探っておくか」

ブウン、と人影が揺らめき掻き消える。
この何気ない会話が、数奇な再会の予兆であったとは――まだ誰も、知る由はなかった。


***


「あ〜っ! 角都先輩、飛段先輩、遅いっスよ〜!」

トビがぶんぶん、と手を振って迎えれば、角都、飛段、と呼ばれたそれぞれの男は、各々に面倒くさそうな表情を浮かべた。

「さっさと用件を言え」
「はいはい。実はですね〜…――」

主にトビと角都との間で二、三ほど言葉を交わし、何事もなく話が一段落した頃。

「あ、そういえば先輩――」

「――はっ、ハア、ハアっ、待ってくださいよ、角都様、飛段様〜!」
「…?」

角都と飛段の後方から、気の抜けた声とともに、一人の女がやって来た。

「はあ、はあ、やっと…追いつい…た…」
「……げ……」
「っは、あ、え……あ……! あなたはっ、マ――っぐむぅ!」

息を切らした女が言葉を発するやいなや、トビは目にも留まらぬ速さでその口を塞いだ。

「あ? オメーら知り合いか?」
「あーもう知り合いも知り合い、大知り合いっす!! お互い積もる話もあるんで、ちょーっとお借りしていいっスか?」

やや訝しげな視線を投げかけられたのも無視して、返事を聞くより早くトビは女を引きずり物陰に連れ込む。

「……っぷは、あの、待ってくださ、」
「……」
「あの、その、やだっ、もう、こんな、ところ…で、いきなり、だなんて…。私まだ、心の準備が…」
「いやいや!? 勝手に如何わしい想像しないでくれる!?」

トビはハア、と盛大に溜息をつく。

「えーと…名無子ちゃん、だっけ。まずキミなんでこんなところにいんの」
「なんでって……そりゃあ、あなたに会うためですよ!」

名無子はとびきり目をキラキラ輝かせて、うっとりと見上げながら語る。

「あなた様が“暁”に属しているということは聞き及んでおりましたので…! どうにか私も、暁に接触できないかと思って。それでこのたび、晴れて角都様に雇っていただけることになりまして!」

角都の奴…、と、トビは心中で舌打ちする。これほど彼を憎いと思った日はないだろう。

「ハア……なんでまた、アンタみたいな小娘が……」
「あっ! 私のこと侮ってますね、マダラ様!?」

すると名無子はどこからともなく算盤を取り出して、得意気に指で弾いてみせる。

「私ってば、こういうの得意なんですから! 貧乏暮しが長いもので、節約やり繰りなんでもござれですよ!」
「あー道理で角都さんが…っていや、そんな話聞いてないし…というか威張らないで下さいよそんなことで…」

「そ・れ・か・ら! 私のとっておきの情報、教えちゃいますね!」
「……」
「実はですね…私の一族、代々ちょーっとばかし“目”が良いことで知られてまして! 界隈では“千里眼”なんて言われてたりもしたんですよ」
「…へえ…?」
「そんなわけで、角都様にはなかなか好評なのですよ! “金の匂い”を探るのに役立つからと! って、“匂い”なのに鼻じゃなくて“目”なんですけどね、なんちゃってー!」

トビがすっかり呆れた目で名無子を見ていたところ、向こうから不機嫌そうな声がかかる。

「……おい、いつまで待たせる気だ」

「ひえっ! 角都様、怒らせると怖いんですよね〜…すみません、マダラ様っ、今回はちょっとこの辺で…」
「……あのさ。いい加減ボク、その“マダラ”じゃなくて“トビ”なんで、やめてくれる?」
「……、」

最後にトビが軽く窘めると、名無子は一瞬考え込んでから、どうしてか訳知り顔で深く頷いてみせた。

「…分かりました。それじゃあ、今度からはトビ様、とお呼びしますね」
「いや、だからボクそんなに偉くもなんともないし…様とか言われても…」
「うーん、では、トビさんで!」

いい加減話に付き合うのも面倒になってきたので反論せずにいると、顔を寄せてきた名無子が小声で話しかけてくる。

「ご安心ください、私、口は堅い女ですから…! このことは、他言無用に! ですね」
「……?」
「きっと何か事情がおありで…名前を隠してらっしゃるのでしょう? なら、」

「このことは、ふたりだけのヒミツ、ですね」と、名無子はやけに嬉しそうな顔で、唇の前に指を立てて笑ってみせた。

「いや…、だから…」
「うふふっ、なんだかこういうのって、ドキドキしちゃいますね! トビさん!」

全然しない、とかなんとか言いたいことは山々だったのだが、角都と飛段を待たせている手前、仕方なくトビは何もかもを諦めた。


「それじゃあ、トビさん、また! 近いうちに会いに行きますから! 私がいない間、浮気しないでくださいね?」
「やめてっ! やめてそれ、とんでもない誤解が生まれちゃいそう!」

この娘と自分が、金輪際顔を合わせずに済むようにしよう。

トビはこのとき、強く心に決めたのであったが、不思議なことに、二人はまた、妙な縁のもと引き寄せ合うこととなる――。


つづく


2016/07/24

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