あなたがほしい

「ハアア〜…こんな辺鄙な村に置き去りだなんて、全くヒドイっすよ…トホホ…」

夕暮れ時。暮れなずむ田園のど真ん中、茜に染まりつつあるあぜ道の片隅を、一人の男が歩いていた。飄々とした足取りで進んでいくその男は、こののどかな風景には似つかわしくない、風変わりな出で立ちをしていた。

まず目を引くのは、なんといってもその、顔面に飾られたオレンジの仮面。右目の部分にひとつだけ穴が空いていて、その穴に向かってまるで渦が巻いているような、そんな、それこそ“面妖”な仮面だった。

加えて、彼が纏っているのは漆黒の外套。膝下まで伸びた丈長の、その真っ黒なマントには、ところどころ、朱色の雲が浮いていた。

「さーて、っと……どうしたもんかなァ……」

――と、こんな具合に、そんな風貌の男が、ぼそぼそ、なんていう控えめなものでもなく、むしろぎゃあぎゃあ、といった方が相応しいくらいの声量で独り喚いているものだから、それはもう、傍から見れば珍妙極まりない光景なのであった。


「よっ、と」

男は、しばらくあぜ道に沿って歩いてから、やおら向きを変えて、少し盛り上がった土手の方へ飛び移った。見れば、人っ子一人いない農道が、延々と続いている――かに思えたのだが。

「ん?」

よくよく目を凝らせば。道のずっと向こうから、ふらふらと誰か、人影が近付いて来る。男が首を傾げながら様子を伺っていると、その影はどんどんとこちらへ向かって来る。やがてはっきりと視認できる距離まで迫る頃には、それは落陽を背負った女人となって立ち現われた。

「――ていた……」
「……え?」

そのまま、男は、その人物が立ち去るのを静観していた。だが、ついに二人が擦れ違おうかというそのとき、微かに、女が声を漏らした。

「あなたを…探していた…っ!!」
「え…、えっ!?」

男が避ける暇もなく、鋭い動きで女が飛びかかる。胸倉を掴まれて、思わずよろけそうになる。

「その格好…間違いない…! あなたが、“暁”のトビね!?」
「い、いや、ちょっと待っ――」
「ずっと…ずっと、あなたを探していた…!」
「って、ウワア!」

あまりに女が前のめりに詰め寄ってくるので、男は思わず足を踏み外し、勢いのまま二人は土手を転げ落ちた。男はすぐさま体勢を立て直そうとするが、ちょうど自分の上へ覆いかぶさった女に阻まれて、マウントをとられる形になってしまう。

「やっと……やっと、会えた……」
「…えーと…あのー…? 話が見えないんだけど…?」

「あなたが…あなたが、あの…! 伝説の、うちはマダラ、なんですね…!?」
「……え……、えぇ〜っ!?」

大層興奮した様子で、喜々として覗き込んでくる女の体を、男はどうにか押し退けて、一歩ほど距離をとった。

「いやいや……ていうか、キミ誰!? 一体何のつもりなの、全く!?」
「ああ……そうですね。すみません。申し遅れました、私、名無子と申します」

多少は落ち着きを取り戻したのか。微かに頬を染めながら、居住まいを正して名乗った女に、男が一息つこうとしたのも束の間。

「うちはマダラ様。あなた様の……妻になる女でございます!」
「は……、ハア〜ッ!?」

――これはマズイ。面倒なことになった、そう直感した男は咄嗟に逃げを打つが、女も負けじと食って掛かる。

「待って…! 待ってください、マダラ様っ…!」
「いや、まず、ボクそのマダラ様じゃないから! 人違いですッ!」
「そんなはずない! そんな、見間違うわけありません! ずっと、探してたんですから!」

「あのねえ、そんなこと言われても…っていうかイタタッ、ちょっと放して!」
「イヤ、放しません! 放しませんからっ! さあ、私と結婚してください! マダラ様!」

「〜ッ、ああーっ、もうっ!」
「っ、キャア!」

男は強引に女を振り払って、思い切り大きく飛び退いた。一方、押しやられた女は、体勢を崩して、草の上へ転げ伏した。
それから、奇妙なことに、女が起き上がるまでの間に、男はすっかりその場から姿を消していた。

「マダラ様……」

ひとり、残された女は。見上げた空の夕陽の色と、彼の男の仮面の色を重ねながら。ひっそりと。固く、堅く、胸に誓ったのであった。

「必ず……必ず、あなたを……!」


つづく


2016/07/18

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