――深夜。草木も眠る、丑三つ時。
しんと静まり返った古屋敷に、生ぬるい風が吹き抜ける。
今宵は新月。
闇に包まれた屋敷の中で、とある湿った一室だけが、朧々と蝋燭の灯に照らされていた。
「……名無子」
「爺様…!」
狭い和室の真ん中に、ぼろぼろの布団が敷いてある。布団の中に横たわるのは、頬のこけた皺くちゃの老人。かたや、その脇で固唾を呑んで見守っているのは、忍装束を身に纏った、うら若き妙齢の乙女であった。
「名無子や、名無子……」
「はいっ、名無子はここにおります、爺様」
「名無子…」
名無子と呼ばれた女は、老夫の枯れ木の如き手のひらを、すがるようにひっしと握り締める。
「よいか……彼奴を……彼奴を探すんじゃ……」
もはや視界も、感覚さえもままならぬのか。老人は頻りにうわ言で、あらぬ方向へと語りかける。
「探せ…彼奴を…っ、マダラ…うちは…マダラを…! そして――ゲッホ! ゴホッ!」
「爺様、落ち着いて! しっかり!」
「名無子……我らの……一族の……っ、悲願……、――……」
「――っ、爺様…っ!」
ゆらり、ゆらり、ひらり。
黒闇に浮かぶ炎がひとつ、ぱっと最後に翻り、夜の静寂へかき消えた。
〜はじまり、はじまり〜
2016/07/02