07:驟雨
激しい雨が降り続いていた。
「困ったな…」
「いやあ…急にきたなあ…」
「ま、この様子なら、小一時間もすれば止むでしょ」
「ああ…」
雨が止むのを待っていたはずが、気がつけば宴会に巻き込まれ、散々酔っ払い共に絡まれた。
いつの間にか雨もあがり、静まり返った夜空の下、ようやく家路に就く。
「…名無子…」
自分の家が近付いた頃、部屋から漏れる眩い明かりが、彼女の存在を伝えてくれた。
「ただいま」
軽く雨を払ってから中に入ると、どうしてか家中やけに静まり返っている気がした。
気のせいか、と首を傾げつつ靴を脱いでいると、遅れて奥から「おかえり」の声が聞こえてくる。
「すまない、遅くなって」
声のした方へ足を向けると、名無子が台所に立っていた。
「ごめん、オビトさん、一応晩ご飯用意してたんだけど、いる?」
見れば普段よりよっぽど気合の入って見える品々が、食卓を埋め尽くしていた。
「…どうしたんだ、これ」
「ううん、なんとなく。時間があったから」
「……そうか……せっかくだから、いただくとするかな」
「そっか、よかった」
未だに背中を向けて喋っている名無子がどうしても訝しく思えて、もう一度、側に寄って問いかけた。
「名無子」
「…なあに?」
「何か、あったのか」
「…どうして?」
「いや……」
振り向いた名無子が、そのままわっとオレの胸に飛びついてきた。
「あのねっ、オビトさん」
「なんだ?」
「私、本当に…オビトさんのこと、好きだなあって、思って」
「……」
「好きだよ…、愛してる……。……ねえ……オビトさんは?」
「……ああ……、
――オレもだよ」
それから、冷えてしまったご飯を一度温めて。
「そういえばちょっと、洗濯回してくるね」と言って出て行った名無子が、一向に戻ってこない。
「名無子……?」
さすがにおかしいと思い家中探してみたが、名無子は何処にもいなかった。
それどころか、家のあちこちから彼女の痕跡はすっかり消えていた。
「名無子……どうして……」
最後に戻った台所で、よくよく見てみると、テーブルの隅の大皿の下から何かが覗いていた。
引っ張りだしてみると、それは小さなメモの切れ端だった。
“さようなら”
たった五文字。走り書きのような、震えたガタガタの文字でも、はっきり見覚えがあった。
「名無子……――」
雨の中、家を飛び出した。
いつの間にか再び降り出した土砂降りの雨の中、オレはありとあらゆる場所を駆け抜けた。
しかし、名無子は何処にも見つからなかった。
探しても探しても、もう、彼女は、この里のどこにもいなかった。
(2015/12/30)