04:重なった鼓動



それからのことは、もう思い返すだけでたまらなくなるような、甘いような、酸っぱいような、苦いような毎日の連続だった。
宣言通り、オビトさんは確かに時たま会いに来てくれるようになったし、私ときたら、まるで天にも昇りそうな、ふわふわした感覚だった。その一方で、彼の顔を見ることすらできない日が続こうものなら、急に気分が沈んでしまって、それこそオビトさんのことを考えては一喜一憂するような生活を送っていた。

そんな中、ある日ふと彼が口にした言葉が、私たちの関係をまた一歩動かすきっかけになった。

「そういえば」

「はい?」

「お前の“同居人”は、元気なのか?」

「……?」

「ほら。自分で言ってただろ、サボテンだよ」

「…ああ!」

そういえばそんなことを言ったな、と記憶が蘇るとともに、彼がそこまで覚えていてくれたのが嬉しくて、思わず聞かれてもいないようなことまで色々話してしまった。

「それはもう元気ですよ!これがやっぱり、毎日面倒みてるとね、だんだん愛着が湧いてきて、可愛くて……」

帰ったらいつも話しかけてあげるんだとか、一人暮らしにはオススメですだとか。オビトさんは時折相槌を打ちながら耳を傾けていた。

「オレも育ててみるかな、サボテン」

最後に彼がそんなことを口走ったので、私ったらはしゃいで「ちょうど今うちのお店にあるから、ぜひどうですか!?」なんて勧めてしまった。「そうだな……」とオビトさんは口元に手をやりながら、思案していた。

「だが、少し不安だな。オレに育てられるか…」

「…というと?」

「聞いたことがある。サボテンはああ見えて、しっかり水やりをしなきゃならないとか…」

「ああ、確かに、そうですね。結構、水をあげなくても大丈夫、なんて思われますけど……」

「オレはあまりマメではないからな…それに任務で家を空けることも多い」

「あ、あと実は、サボテンって雨に晒すと枯れてしまうらしいですよ。知ってました?」

「そうなのか?……ますます不安だな」

「あはは、でもきっと大丈夫ですよ!だって私でも今のところ、問題なく育てられてますから!」

「そうか……なら、何かあったらお前に訊くとするかな」

あのとき、悪戯っぽく彼が「頼りにしてるぞ」なんて笑ったのが本当にかっこよくて、ドキドキして目が離せなかった。


そうしてオビトさんもサボテンを育て始めて、そのおかげで以前より私たちの距離は急速に縮まっていった。
「サボテンの様子を見に」なんて口実で互いの家を行き来するようになったり、「サボテンのことを相談したくて…」なんて言いながら、気がつけば他愛もない会話に花が咲いて、二人で話し込むことも多くなった。

当然、私は嬉しかった。ますます彼が好きになった。けれども人というのは欲張りなもので、この関係、この距離感が、いつしか私にとってはもどかしいものになってしまった。ここから、踏み出すべきなのか。踏み出していいのか。悶々とする日々が続いた――そんなある日だった。


「それがな…最近アイツ、元気がなくてな」

「そうなんですか?」

「ああ…実はこの間、急に任務が入って、しばらく面倒みてやれなかったからな…どうしたもんか」

雑談の合間、そんなことを口にしたオビトさんに促され、彼の部屋へサボテンを見に行った。

「うーん、でも、大丈夫みたいですよ!またちゃんとお世話してあげれば!」

「ならいいんだが…コイツにも申し訳なくてな」

「でも、しょうがないですよ。オビトさん、忙しいんだし…」

「そうだな…、他に面倒みてくれる人が、いれば助かるんだがな」

話の流れが思いがけない方へ向き始めて、一瞬、緊張を帯びたのは、私だけだったのだろうか。

「…確かに、そうですね」

「……例えば、お前みたいな」

沈黙。
もう取り繕えないくらい露骨に、私は黙りこんでしまった。そしてぐるぐるぐるぐる、悩んだ挙句、やっと声を絞り出した。

「…もちろん、いいですよ!オビトさんが呼んでくれれば、今日みたいにまた――」

「そうじゃなくて」

散々言葉に迷った私の苦労なんて、彼は容易く打ち破ってしまう。

「もっと気軽に…なんなら自由に、顔出してくれたって……」

「……ダメですよ」

必死で平静を装っていたのに、その言葉でもう、我慢ができなくなって。

「そういうのは……ダメですよ、もう」

「…何故だ?」

そう問うたオビトさんの声は、どうしてか、ひどく穏やかで、優しかった気がする。

「だって、だってそういうのは……家族とか、恋人にお願いしてください」

“恋人”。
私がそのたった四文字を口にするのに、どれだけの勇気が必要だったことか。
バクバクとうるさかった心の臓の鼓動も、自分の耳には入らないほどだった。

なのにオビトさんは、そんな私の気持ちも知らずしれっと続ける。

「だから今、“お願い”しているだろう?」

「……?」

「……、」

「…えーと…、ですから、こういうことは、家族とか恋人とか、“そういう”関係の方に…」

要領を得ない会話がもどかしくなったのか、オビトさんは「だからな、」と少し語気を強めて、私の台詞を遮った。

「…あー…、つまり、“そういう”ことなんだが」

「……」

たまに思うことがあった。オビトさんの言い回しは、私には難しいと。
けれどそのときは、格別に難解だった。

「……わからないのか」

だって私の中では、とんでもない自惚れとか勘違いを自制しようと、理性の嵐が吹き荒れていたから。

「オレはお前となら、“そういう”関係になってもいいと、思っているんだが」

ゆっくり、はっきりとそう言い切ったオビトさんは、本当は、私の気持ちなんてとっくにお見通しだったんじゃないかって、今でもなんとなく、そう思うときがある。

「……ほんとう、ですか」


足繁く彼の家へ通うようになった私が、「まるで通い妻だな」なんて周囲にからかわれるようになるまで、さほどの時間はかからなかった。

さらに任務に忙殺されがちなオビトさんを支えるため、私たちが自然と半同棲状態になっていったのは、それからもう少しだけ、先の話。



(2015/12/27)


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