02:動き出した日常


それからの私たちは、まるで引き寄せ合うように距離を縮めていった。
すべてが急に色付き、なんでもない日常が特別な毎日に変わっていく気がしていた。

少なくとも私はそう、思い込んでやまなかった。



「あ、」

「……ん?」

あの出会いから数日。
お昼休みに出歩いていたらばったり、頭から離れなくなってしまった彼に出くわした。

「あ、あのっ」

“この間はどうも”、せめてお礼だけでも言わなければ、と開きかけた口は、その人の発言で遮られてしまった。

「ああ、お前…この間の、大福娘」

「だ、だいふっ?」

ほんの一瞬、「あ、覚えててもらえたんだ」なんて喜びかけたのも束の間。妙な呼び方をされ面食らってしまう。

「いや、確かに…その節はどうも、お世話になりました。私、名無子っていいます」

ひとまずその呼び名を正すべく、さり気なく名乗ってみる。

「ああ、オレはうちはオビトだ…見ての通り、警務部隊に所属してるんでな。何かあれば遠慮無く頼ってくれ」

『うちはオビト、うちはオビト』、自分でも無意識に、彼の名を心の中で何度か唱えた。

「ま、今度はもう、大福は出ないけどな」

「っ、あ、のですねえ、もうっ、大福からは離れてください!」

ははは、と少し声を上げて笑った彼の表情に、ドキリと胸が跳ねる。

怖そう、だなんて思っていたこれまでの印象は吹き飛んで、こんな風に穏やかで、優しげな眼差しをする人なんだなあ……と、目が離せなくなった。

知らず知らずのうち、視界のどこかに彼がいないかと、目で探してしまうようになった。



あるときは、多くの忍たちが腕を磨く、訓練場の片隅で。

またあるときは、里の繁華街の外れ、路地裏にある小さな軽食屋さんで。

「また会いましたね」

「ん、名無子か」

本当はその“また会いましたね”が白々しい台詞だってことは、自分が一番知ってた。
出会いを重ねるごとに、偶然は偶然じゃなくなっていく。
少しずつ少しずつ、彼がいる場所、彼と会える場所を探してしまう自分がいた。

「近頃よく会うな」

だからきっと何の気なしに彼が放ったその言葉で、私がどれだけ焦ったことか。

「そ、そうですね」

不自然に目を泳がせた私の顔なんて、音を立ててラーメンを啜っている彼の眼中には全くなくて。
それが安堵とともに、ちょっとした寂しさを私にもたらす。

この頃にはもう、自分がこの人にどれだけ好意を抱いているか自覚せざるを得なかったし、それを周囲に隠すことも難しくなっていた。



「あれ、オビト、今日はあの子連れてないの」

「は?」

「ホラ、最近よく一緒にいたじゃない」

その日、私は差し入れにお菓子を渡そうと、彼がよくいる演習場にやって来ていた。

以前「大福のお礼です」と半ば強引に渡して以来、とても気に入ってくれてたから、また喜んでもらえるかな……と、脳裏に思い描きつつ歩いていると、なにやら話し声が聞こえてくる。

こっそり物陰から窺うと、オビトさんが誰かと話していた。話し相手の姿は、ちょうど隠れてしまって見えない。少なくとも声からするに、男の人だった。

「……名無子のことか」

盗み聞きはよくない、そう思いつつ、つい耳をそばだててしまう。

「なんていうか、随分、仲良さそうだったからさ」

「……何が言いたい」

「もう、そんな怖い顔しないでよ」

「おい、オレは――」

「いや、本当に、珍しいなって思っただけだよ。オビト、あの手の女の子はずっと、適当にあしらってたから」

会話の雰囲気が、妙な緊張を帯びていく。

「今回だってその気がないなら、あんまり優しくするのも酷じゃない。オビト、わかってんでしょ」

――沈黙。

張り詰めた音のない空間に目眩がして、私は逃げるようにその場を後にした。



「ねえ、これ、よかったらみんなで食べない?」

結局、持ち帰ったお菓子は、職場でみんなに配った。
まだ残る動揺をできるだけ表に出さないよう、平静を装いながら。

「あっ、そういえば、名無子!」

「なあに?」

「アンタってば、中々隅に置けないね!? 最近、ここでもちょっと噂だったんだから」

「…?」

「うちはオビトさん!」

思いがけず飛び出したその名前に少し目を見開くと、ケラケラと笑われる。

「一体全体、どうやってあの人を攻略したの?」

「っこ、攻略、って……」

「しらばっくれないの!うちはオビトっていえば、ガードの固さで有名じゃない!」

「そ、そうなのっ?」

「そうよ! …って、名無子、アンタ知らないの?」

「…え、と、まあ……」

「ええ!? うちはのオビトっていえば、モテモテなのに、アプローチした女の子みーんな袖にされるって有名だよ!?」

その一言一言がなんとなく胸に刺さる気がして、「そ、そうなんだ」と答えるのが精一杯だった。

「しかもあんだけの出世頭だしねー、まさか名無子が…ってみんな――」

「…出世頭?」

「……まさか、名無子、アンタ本当になんも知らないの?」

「……、うん……」

「……あのね、彼、火影様…ミナト様の教え子で。今、あのはたけカカシさんと並んで特別補佐官も務めてる、次期火影候補の筆頭だよ」



その日どうやって一日を終えたのか、記憶が定かでないくらい、私は動揺しきっていた。

「はあ……」

自室のベッドに横たわって、天井を仰ぐ。

そこに浮かび上がろうとする面影が、もうどうしようもなく遠い人に思えてきて、胸が締め付けられる。

痛みをどうにかやり過ごそうと寝返りを打つと、ふと、窓際に置いてある小さな鉢植えが目に入った。

「……そうだ……」

起き出して洗面台へ向かい、先日買ったばかりの真新しいジョウロに水を注ぐ。

「ちゃんと水をあげなきゃね…」

“寂しさを紛らわすのには植物を育てるのがいい”って話を聞いたことがあるけど、確かにそうかもしれない。

ジョウロを傾け、汲んできた水を鉢に注ぐその間だけは、なにも考えず穏やかな気持ちになれた。



***



アカデミー時代の懐かしい旧友に再会し、折よく話を持ちかけられたのが、その翌日のことだった。

「名無子!」

「あれ…久しぶり! どうしたの、こんなところで」

「実は、ちょっと話があって――」



「――……っていうわけなんだけど…」

「わかった、いいよ、私でよければ」

「ほんと!? 助かるよ!」


なんでも今、木ノ葉病院で、人手が不足しているらしい。

確かに、私にも聞き覚えがあった。
つい先日、国境で起きた諍いのせいで多くの負傷者が出たこと。
そして木ノ葉では他里の怪我人も受け入れると発表されたこと。

そのせいでどうしても癒し手が足りないから、助っ人がほしいという話だった。

私も一応、以前は忍の端くれとして医療忍術を学んでいたから、それで白羽の矢が立ったようだ。

結局半端者にしかなれなくて、忍稼業はやめてしまったけれど、そんな自分が少しでも里の役に立てるならと、二つ返事で引き受けた。



それからしばらくは、本当に目まぐるしく日々が過ぎていった。

例のお店と病院、二足のわらじは思っていた以上に大変で、しかも久々に忍術を使うとあっては、疲労もなかなか回復しなかった。

「………ふう。ただいま」

そんな中でも、自宅でいつも私を待っているあの鉢植えだけは、ささやかな癒やしになった。


こうして、忙しい日々の合間に埋もれて、なにもかも忘れ去って、以前のような日常に戻っていくのだと。
あの人との時間はちょっとした思い出として、少しずつ褪せていくのだと、自分に言い聞かせた。


振り返ってみると、長かったのか短かったのか、こんな生活が、かれこれ二週間以上続いた。

私たちの関係が急速に動き始めたのは、それからのことだった。



(2015/09/13)


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