これはまだ、花が綻ぶ前の。木の葉が芽吹く前の、ほんの小さな、小さな種子の物語――。


「こんにちは、おばさん!」
「あらまあ、名無子ちゃん、今日は随分おめかししちゃって、どうしたの?お出かけかしら?」
「うん!今日はね、パパとお出かけなんだ!」
「そうなの、よかったわねえ」



「名無子!名無子、ほら、準備はできたか?」
「あっ、パパ、おかえりー!はやく行こうっ!」
「こらこら、そんなに急かすなって」
「だってね、だって、パパ、あたし、今日はすっごく楽しみにしてたんだよ?」
「ああ、そうだね……この間は、約束、ちゃんと守れなくてすまなかった」
「うん。そのぶん、今日はたくさん遊ぶんだから!はやくはやくー!」



「――さん、待ってください!お願いです!どうか、どうかあなたの助けが……!」
「…もうその話はよしてくれ…。さあ、顔を上げて。娘の前なんだ」
「……パパ……?」

「我々の隊の!仲間の、命がかかってるんです…どうか…お力を…!」

「……名無子。さあ、行こう」
「……パパ、待って。あの人……」
「…いいんだよ。お前が気にすることはない」

「…でも。あの人、“助けて”って言ってたよ。パパに、助けて、って…」
「……名無子……」
「あの人も、“しのび”なんでしょ?パパとおんなじ……」
「……あのね、名無子。実はパパ、忍はもう、辞めることにしたんだよ。だから――」

「……だめだよ」
「……名無子?」
「だめだよ、パパ……なんでそんなこと言うの。あたしが、この間遊んでくれなかったからって、わがまま言ったから。だから、そうなっちゃったの?」
「それは、違うよ…」
「なら、あの人を助けて。もう、あたし、わがまま言わないから。がまんするから」
「――、」
「だってパパ、言ってたじゃない…“しのびは里のみんなを守る、だいじなしごとなんだ”って…。“かっこよくほかげさまを守るんだ”って…。ぜんぶ、ウソだったの?」

「……もういい、わかったよ、名無子」
「パパ…?」
「いつもお前には寂しい思いばっかりさせて、ごめんな。必ずすぐ戻ってくるから……だからちょっと、行ってくるよ」
「…うん…!」



***



「――ミナトさん!」
「君は……なぜ君がここに……?」

「詳しいお話は後で…それより、火急の報にございます!はたけカカシ及びのはらリンについて――」
「っ、なんだって…!?」



***



「……先日は、本当に助かりました。何と礼を言えばいいか……」
「…いえ。私の力及ばず…心中お察しします」
「いや、君のおかげで……なんとか二人の命を救うことができたよ。しかし、てっきりもう戦場には立たれないのかと……」

「…そうですね。私ももう、二度と戦うことはないと…一度はそう誓いました。ですが…ですが、娘のおかげで」
「娘さん、ですか?」
「はい……そうですね、礼を言うなら、私ではなく、娘に言ってあげて下さい」
「…というと?」
「私はもう、忍稼業を諦めていました…ですが、娘が。もう一度、戦う強さをくれたんです」

「パパー!パパどこー?」
「こっちだよ!さあ、おいで。ご挨拶して…」

「…やあ、こんにちは」
「こ、こんにちは」
「オレはミナト…波風ミナトだよ。君は…お名前を、訊いてもいいかな?」
「…名無子、っていいます」

「そっか。ん!名無子ちゃん、どうもありがとう」
「…うん…?どう、いたしまして…?」



風に舞い。蒔かれた種子が、花と成るのは。
それからまだずっと、ずっと先の話――。


END


(2016/06/24)


←prevback│next
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -