“雨降って地固まる”なんてもっともな言葉が世の中にはあるけども、実際、オビトとその彼女を巡る小さな騒動は、オレとガイが無事木ノ葉へ帰還する頃には、すっかり過去の話となっていた。
やれやれ、これで一件落着か。――そう一息ついたのも束の間、オレは、予想だにしない災難に巻き込まれることとなった――。
はたけカカシの受難
“それ”に気付いたのは、木ノ葉へ帰って間もない頃。やけに視線を感じる――それは、敵意でもなければ、好意でもない。焦れるような、妙な感覚。隠そうともしていなかったその“視線の主“は、探らずともすぐに分かった。
名無子――件の、オビトのカノジョさん。
自分がどうも彼女に好かれていないらしいということは、薄々感づいていた。
まあ、それも仕方のないことだ。何故なら他ならぬオレ自身が、まず真っ先に彼女とオビトの関係を疑ってかかっていたからだ。
とはいえ、それはもう随分と前のことで、今となっては、純粋に二人の関係が上手くいってほしいと願っている。あんな情けないオビトを見せられるのはもう懲り懲りだ――などという冗談は置いといて、そんなわけで、彼女、名無子への認識を若干改めていたオレとしては、恨まれるのは決して本意ではない――戸惑いつつも、そんな風に考えていた。
だが、彼女から向けられる視線が、そういった類のものではなく、むしろ前向きな――プラスとも言える感情であると気付くまでに、さほどの時間はかからなかった。
「あの、カカシさんもよかったらどうぞ」
彼女とは、オビトを介して度々顔を合わせるようになった。“おすそ分け”と称して、ささやかな差し入れを分けてもらうことにも、その度に彼女から例の視線を浴びせられることにも、徐々に慣れていった。
そんなある日。その日は珍しく、オビト抜きで、オレと彼女の二人だけだった。多少打ち解けてきたとはいえ、二人だけというのはどうにも間が持たない――そんな気まずさを他所に、彼女は急に、意を決したような様子で、神妙そうな面持ちで切り出した。
「カカシさん。実は私、折り入ってお願いがあるんです」
一体何事かとオレは訝しんだが、親友の恋人とだけあって無下にも出来ず、ひとまず話を聞いてみることにした。
「実はですね……、あの、今度から、よかったら、その……教えてもらえませんか、色々と……オビトさんのこと」
「……え?」
ひどくモジモジとして、赤面しながら告げる彼女と対照的に、オレは、思わず間抜けな反応を返していた。
「私、思ったんです。もっと自信を持ってオビトさんの傍にいるために、もっとちゃんと、オビトさんのこと知りたい、って……」
それで彼女の言によると、これまでの観察の結果「最も彼に親しいのはカカシさん」だと判断したため、この相談をオレに持ちかけてきたそうだ――なんだか、面倒な予感がしてきたのは気のせいだろうか。
「ね、お願いです!この通りですから!」
必死で頭を下げる彼女に絆されたのか、はたまた彼女を困らせることで、間接的にオビトを落ち込ませることになっては厄介だとでも判断したのか――自分でもよく分からないが、ともかくオレはどうしてか、このとき確かに「オーケー」と約束してしまった。
あのとき、適当に躱しておけばよかった――後々、そう後悔しても後の祭りだった。
***
「なあ、カカシ」
やけに真剣な、重苦しい表情のオビトに呼び止められたのは、それから数週間後のことだったか。
「折り入って相談があるんだが」
あ、これは――そのセリフを聞いた途端、オレは“これから面倒が始まるな”と既に予感していた。
「あー……お前さ、最近なんかやけに、名無子と仲良いよな」
そして続く言葉を聞いたとき、その予感が的中していることを悟った。
「いや、……そうかな?」
「ああ……。実はな、あまり言いたくねェんだが、名無子、元々はお前のこと苦手だって言ってたんだよな」
「はあ……そうだったの」
「だがな、近頃はそれどころか、何かとお前の話をしだすんだよ……“カカシさんカカシさん”って、お前のことべた褒めだぜ、気持ち悪ィ」
「……」
そんなことオレに直接言われても、というのが素直な感想だったが、あらぬ疑いをかけられても面倒だから、予防線を張っておくことにした。
「大丈夫……名無子ちゃんとの間に、何もやましいようなことはないから」
「あ? あったりめえだろバカカシ。お前そんなこと考えてやがったのか、やめろ、この不健全イチャパラ野郎」
――なにこれ、理不尽。呆れを通り越してオレは少し、心の中で泣いた。
その後もしばらく、オビトに嫌味を言われたり、釘を刺されたりした。
心配しなくてもそんなことは全くありえないのだが、オビトはよっぽど彼女のことが気にかかるらしい。
「――と、いうわけなんでね、今度から二人では会わないでほしいんだってさ」
「そうですか……それは困りましたね」
「いや……一応、オビト同伴なら問題ないらしいけど」
「うーん……でも、それじゃあ意味がないんですよね。カカシさんも、彼の前じゃ話しにくいことだってあるだろうし……私は、そういうことこそぜひお聞きしたいんです」
まあこれをダシに彼女を説得してみよう――と試みたものの、それが誤った選択であったことは一目瞭然だった。
「分かりました!ちょっと私から、オビトさんに話してみますね!」
「え、ああー……ちょっと、名無子ちゃん……?」
それから、名無子ちゃんがオビトに「カカシさんと二人で会わせて」とストレートに頼んでくれちゃったそうで、案の定話が拗れた。
「いいかカカシ、間違っても名無子には手を出すなよ」
半ば脅しのように何度もオビトが念押ししてくるから、分かった分かった、絶対にありえないと語気を強くしつつ繰り返していたら、なんとか引き下がってもらえた。全く、ゲンナリだよ――振り回されるこっちの身にもなってほしい、つくづくとそう思った。
「名無子」
「ん? どうしたのオビトさん」
「あのな……、カカシはやめておけ」
「え?」
「アイツはな、遅刻は日常茶飯事だわ、日頃からやる気がないわ、白昼堂々人前でエロ小説読み始めるわで、人間のクズだからな」
「え、えぇ…っと…?」
「ちょっとそれ、本人の前でさすがに酷くない?オビト」
「黙れバカカシ。事実だろうが」
「……」
***
「――てわけでね、ま、色々あったんだけど、今度、やっと、オビトの火影就任が決まったよ」
「それからさ……それに合わせてアイツ、とうとう身を固める決心をしたみたいで」
「これはオレも、つい最近、先生から教えてもらったことなんだけど……どうもあの子、オレとオビトの、恩人らしいから。きっと、うまくいくよ」
「ま、しばらくは……二人きりで、じっくり話ができるかもね」
「それじゃあ、また来るよ、リン」END
(2016/06/24)