14:いつか花は実を結ぶ



見慣れた臙脂色の幟を通り越して、店先を覗けば、「いらっしゃい!」と笑顔の女の子が出迎えてくれる。

「こんにちは!いつものいちご大福、三つください」

「はい!毎度ありがとうございます!」

小銭を取り出していると、奥の方から、「おやまあ」と杖をついたおばあちゃんが顔を出す。

「名無子ちゃん、いつもありがとねぇ」

「いえ、こちらこそ。今日もお元気そうで何よりです」

「ふふっ、おかげさまでね、お祖母ちゃんってばまだまだ現役だって、毎日張り切ってるんだから」

「ほっほ、まだまだこんな孫っ子には、負けてられないからねえ」

「フフ、それじゃあ、私だってまだまだ、負けてられませんね」


大福の入った包みを受け取りお店から出ると、少し急ぎ足で大通りへ向かう。
きょろきょろとあの人の姿を探していれば、遠くから賑やかな話し声が聞こえてきた。


「んでなっ、んでなっ、今日はカカシ先生の奢りなんだってばよ!」

「マジかよ!やったぜ!」

「…ちょい待ち、誰もオビトにまで奢るとは言ってないっての」

「ええー!」

「チッ、このケチ野郎」


ピンクやら黄色やら、銀色やらの賑やかな色合いが遠目にも目立つ。


「なあなあオビトー、今日はこれから、オレの修行に付き合ってくれんだろ?」

「……おい、ナルト。コイツは今日オレと予定が入ってんだ」

「はあ!?サスケがオビトに教わることってなんだってばよ!?」

「ちょっとナルト、やめなさいよ!」

「……おい、言わせておけば、失礼だなナルト。悪いが今日は、サスケの火遁術をみてやることになってんだよ」

「ああー!?」


まさに和気あいあい、そんな雰囲気の中に入っていくのは気が引けるが、仕方がない。

見慣れた後ろ姿、“火”の文字を背負った背中まであと数歩というところに迫ると、「あー、」と気の抜けた声が響いた。

「オビト、やっぱり別の用事が入るみたい。ホラ、」

銀髪にマスクの人物――カカシさんがこちらを指し示して、みんながさっと一斉に振り返る。

「げっ、」

「せっかくのところ、ごめんなさい。ちょっとオビト、借りて行くね」

本人を含め残念そうな声があがるが、こればっかりは致し方ない。

「カカシさん、いつもどうもすみません」

「いえいえ」

謝ることなんてない、とでも言いたげな顔を無視して、強引に連れ出した。



渋々、といった風の彼をどうにか執務室に押し込んで、ドサっと書類を目の前に載せる。

「ほら、これ、カカシさんに押し付けてたんだって?」

「…いや、これは不可抗力ってヤツで」

「そんなこと言って!いつも迷惑かけてるんだから」

強気に腕を組んで見下ろせば、目を逸らした彼がハア、と溜息をつく。

「……お前、いつの間にそんな、アイツの肩を持つようになったんだ?」

それからぼそり、と続いた言葉に、頬が赤くなる。

「前までは、カカシに“オレをとられる”とかって騒いでたのになァ…」

「やっ、やめて!その話は!」

慌てて大声を出せば、ニヤリを嫌な笑みが返ってくる。


「あっ、そう、そういえば!はい、差し入れ」

その場を誤魔化すように、私は咄嗟に大福の包みを差し出す。

「ああ、ありがとな」

彼は早速袋から大福を取り出して、無造作に齧りついた。

「ん、うまい」


それから自然と窓の方に目をやると、ふと、窓際にある鉢植えが目に入った。

「あっ、今年も咲いたんだね」

「……ああ」

「ふふっ。実はね、家にあるもう一個の方も、ちょうど今日咲いたんだよ」

彼は「そうか」とゆるく目を細めて、窓辺に身を預ける。


二人でじっと、窓の外を見つめる。

活気ある里の町並み、行き交う人々の姿。新緑萌える木々の若葉が、そよ風に揺れていた。


「いよいよだね」

「ああ……」

「本当に、いよいよ、明日は……五影会談、なんだね」


里の景色を眺めながら、二人、佇んでいれば、不意に。


「……なあ、名無子」

「うん…?」

「すこし、昔話をしてもいいか」

目線で先を促せば、途切れ途切れに彼は話し出す。

「オレたちが、はじめて、会った日のことだ」

「……」

「オレは、今でも憶えてる……お前はあのときも、このいちご大福を買いに来てたんだよな」

そこでふっと、彼は、こちらを見て笑う。

「あのときの、お前ときたらよ…オレは、心底驚いたんだ。なんて顔しやがるんだ、って」

「……なによ、それ」

「だって、お前ときたらな。まるでこの世が終わりみたいな顔してんだよ。たかが、いちご大福買い逃したくらいで」

茶化すつもりなのかと思ったけれど、彼は、ひどく真剣な声をしていて。

「この世にはよ…他にいくらでも、悲しいことも、辛いこともあんのに、お前ときたら、こんなことで、なんて顔してんだって」

それで、と彼は続ける。

「なんでだろな、お前のこと、ほっとけなくなったんだ……」

深く息を吐いて、そのまま少し、沈黙が落ちた。

「……それでな。お前の傍に居るようになって、オレは、思ったんだ。本当は……本当は、そうやって、誰もがくだらないことで、些細なことで毎日笑ったり、泣いたり。そうやって暮らせるような、そんな世界こそが、“平和”ってモンなんだろうな、って」


言い終えて、そのまま。感慨深そうな眼差しで里を見下ろす彼の隣に、そっと寄りかかる。

「……それじゃあ、その、“平和”ってやつのために……。がんばってね、オビト」

「ああ」

「それから、それから……。――生まれてくる、この子のためにも」

そう言ってお腹を撫でれば、もう一度「ああ」とだけ彼は言って、頬にひとつ、キスをくれた。



窓辺に咲いたサボテンの花が、静かに揺れている。

その後ろをどこからか、風に乗って木の葉が翻り、遠い空へ、遥か彼方へと飛び去った。


『掌に花、花に雫』 完

(2016/04/29)


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