6:Night, the frail stardust
「輪廻眼…長門の隠し場所を素直に話す気はなさそうだな……」
「アナタが私の前に来る事は分かってた……待っていたわ……アナタを仕留めるために」
薄ぼけた高いビルが立ち並び、一日中雨の降りしきる、暗い里の片隅。
そこで、揃いの衣を纏ったひとりの男と、ひとり女が向かい合い、対峙していた。
はじめは雨音にかき消えてしまいそうだった互いの声が次第に語気を強め、やがて女が腕を振り上げる。
「彼の眼はこの国の…里の宝だ!!」
それを皮切りに、二人は激しい戦闘へと雪崩れ込んでいく。
「アナタは闇!光のない世界では花は枯れるしかない!!」
怒号とともに、二人の足元にあった水面が割れ、夥しい数の札が姿を現す。
男は手傷を負いながらも冷静に状況を分析し、辺りに視線を走らせた。
(これは…ほぼ全てが起爆札!)
――そのとき。
ぞくり。仮面の奥に秘めた男の左眼が急激に熱を帯び、震えるように脈打った。
「アナタを殺すために用意したこの6千億枚の起爆札……10分間起爆し続ける!!」
割れかけた面に手をかける。
激しく爆ぜる光に包まれて、赤い瞳が燃え上がるように瞬いた。
***
――その後。
白い紙の花で飾られた、碑の前で。
「ここか……」
激戦を制した男――マダラが、独りごちる。
「裏切ってなお、オレを笑うか……」
***
無事目的の輪廻眼を回収し、アジトへ戻ったマダラは、すぐさま眼の移植に取り掛かった。
手始めに既に光を失った左の眼を取り出すと、三つの指でつまみ上げ、己の右眼の前に掲げる。
「……、気分はどうだ、名無子」
その問いに答える者は、もう何処にも居ない。
「お前は言ったな……この先の、オレの見る世界を見たいと……」
思い返す名無子の声に、とっくに捨て去ったはずの過去が重なる。
『オレはもう死ぬ……けど……お前の目になって――』
「だが……」
『これから先を見てやるからよ……』
「すべては裏切られる」
マダラは、手の中で湿った眼球を転がし、じっと見下ろす。
「お前は死に……光も失い……残ったものは何も無い」
そうしてひとり、天井を見上げ、薄く嘲笑した。
「この世は空しさばかりだ……嘘偽りに満ち満ちている……他人の感情どころか……」
『たとえあな…あなたが……私を…愛してなど、いなくとも……』
「己の感情さえも、ままならない。確かなものなど、何もありはしない」
名無子に対する己の感情が、一体何者だったのか。
本当に、名無子の写輪眼が見せた、ただの幻だったのか。それとも。
未だにマダラは理解しかねている。
しかし、もしたったひとつ、どうにも確からしいものがあるとすれば。
『愛していました』
それは、マダラを愛した。愛されたいと願った、見つめてほしいと願った、名無子の切なる想い、そのもの。
「もうすぐだ……こんな世界は、もうすぐ終わる」
まるで愛撫するように柔らかな手つきで、マダラはそっと、眼球をひと撫でした。
「お前がもし…次に目を開けるときには、きっと――……」
ぽちゃり、薬液で満たされた硝子瓶へ、
「だから今は」
色の褪せた目玉が落とされる。
「静かに眠れ」
今はもう。
返事の代わりに、虹彩を揺らめかせることすら、叶わない。
けれどもそこに、失くしたはずの輝きの欠片がまだ、残っているかのように。
室内の明かりを反射しながら、名無子の眼はぷかぷかと、小さな瓶の中を泳いだ。
『アナトミック・アストロノミー』完
next:あとがき(2015/10/10)