参:まごころを、


「……オビト……?」

それから、幾許かの月日が流れ。

「…………」

「マダラ、さん……死んじゃった、の…?」

「……ああ……」

オビトと名無子が久方ぶりに会話を交わしたのは、とある白髪の老人が自ら、長すぎたその生に一度目の幕を下ろした日だった。


「……オビトは……ここを出て行くの……?」

黒い外套を目深に羽織り背を向けたオビトに、名無子のか細い声が追い縋る。振り返れば名無子は不安を隠し切れない表情で、けれども目が合った瞬間、はっとしたように微かに顔を伏せた。

「……ごめん…なんでもないの……わたし……」

「………すぐに戻って来る……」

「え……」

「オレにはまだやることがある……だからまた…ここへ帰って来る……」

「あ……そ、そっか……」

名無子の表情が安堵と、そしてほんの一滴ほどの喜びに染まったのが、オビトにも分かった。

「あの……じゃあ、私、待ってるから……気をつけてね……」



それからオビトと名無子の奇妙な関係は、また新しい形に落ち着いていった。
外界で“マダラ”としての活動を始めたオビトは、度々この薄暗い空間に立ち寄っては、一時の安らぎを得た。

マダラとして振る舞う必要もない。グルグルを纏うことも、仮面を被ることもない。オビトが何の憂慮もなく“オビト”でいられるこの空間は、本人が自覚していた以上に、居心地の良いものであった。


だからその日も、外界から帰ったオビトは、暗闇の中で転寝する名無子を捉え、言いようのない感情を覚えた。息苦しく翳ったこの世界の中で、穏やかに眠る名無子の隣だけはまだ、息を吸えるような気がして、押し寄せる疲労に身を任せ横になる。

それから暫く、オビトの意識は、この地下空間と同じ、薄暗く静かな闇の中で、浮き沈みを繰り返した。それが一際深く深く沈み込んで、途切れかけた後、ふと温かな違和感に包まれ、徐々に覚醒し始める。

「……?」

いつの間に眠ってしまったのか分からないが、ぼんやりと目蓋を開け数秒して、オビトは僅かに目を見開いた。

「……っ、」

自分の顔の少しだけ上の方に、名無子の寝顔があった。そしてやけに柔らかく温かいと思った頬の下にあるのは紛れも無く名無子の膝枕で、咄嗟に跳ね起きそうになった身体には、薄い毛布がかけられている。

(名無子……)

強く脈打った心臓が大人しくなった頃、オビトは最大限に気を払って名無子の膝の上から抜け出し、自分にかけられていた毛布をそっと、名無子の上にかけ直してやった。

「………ん……」

そうして乱れかけた名無子の寝息が元通りになるのを見届けてから、オビトはまた、暗い地下から出て行った。



***



「何やってんの?」

「あ、これね、感知の術だよ。なにか役に立つかなって思ってさ」

「へえ?面白いね」

オビトが顔を見せる回数が減ってきた頃、名無子は、睡眠をとる合間にあれこれと術を試すようになった。

「それってもしかして、オビトのため?」

「……うん……ほら、なにもできないよりは、きっといいでしょ?」

名無子が感知水球を練り上げ意識を集中させるのを、横から“白いの”――もといゼツが、物珍しそうに眺める。

「……う……、でも、まだまだ、ダメだな……」

バシャ、と一度水球が弾け、名無子は額に浮かんだ汗を拭う。

「ねえ、それにしてもオビト……最近、大丈夫なの…?」

「うーん、今ちょっと、難しいところだからさ」

「そうなの…?」

「ま、大丈夫だよ。ボクもそろそろ、ちょっと行かなきゃ」

ゼツが溶けこむように土の中へ消えた後、名無子は一度深呼吸して、またチャクラを練り始める。

しかし、何かがおかしい。いくら集中しようとしても、何故だか意識がかき乱される。

「ぅ………ッ、!」

腹の底を這うような不快感が刹那、身体を食い破るように爆ぜて、名無子の意識は真っ白になった。



***



「うまくやったね」

「……ああ……」

濃い血の匂いを浴びながら、オビトとゼツは、死体の転がる戦場を見下ろしていた。

(……あれが外道魔像の力か……)

いつかは己が使わねばならない力だ。そこに秘められた能力が如何程のものか、オビトは冷静にその目に焼付けていた。

(長門も、これで……)

魔像を口寄せした代償か、息も荒く頬の痩けた青年を、目を細め見つめる。

ゼツの言う通り、これで確かに計画の第一段階は“うまくやった”と言えるだろう。だが、肝要なのはこれからだ。オビトは脳裏に思い描いた道筋を一つひとつなぞりながら、一歩踏み出す。しかしそこで「待って」と、唐突にゼツの制止がかかった。

「ちょっと待って……何かおかしいよ……名無子…」

その名を聞いて、覆い隠されていたオビトの眉が、微かに跳ねた。





「名無子…っ!?」

ゼツに促され舞い戻った先で、オビトは珍しく、声を荒らげていた。

「何だ……何があった…!?」

「あ、おび、オビっ、ト………あ、ぅっ、ああっ!」

激しく身を掻きむしり、苦悶の表情を浮かべる名無子。全身が時折痙攣するように激しく震え、それをどうにかしようと、自分で自分の身体を痛々しいまでに抑えつけている。

「ちょうどさっきまで、ボクの仲間が見てたみたいだけど……」

「コレデモマダ落チ着イテキタ方ダナ……」

見たところ目立つような外傷は無い。それでもなお名無子が己の身体を床に打ち付け呻く姿を見て、オビトはどうにかその腕を掴むと、強引に抑えこんで瞳を合わせた。

「あっ…うっ……、おびと……」

写輪眼によって幻術に落ちた名無子は、オビトの腕の中で、急速に力を失った。



気を失った名無子を寝台へ運び、呼吸や脈拍に異常がないことを確認してから、オビトは、じっと名無子の白い顔を見つめ続けた。

そうして長い沈黙の後、寝台から離れ、名無子に背を向けたオビトは、静かに口を開いた。

「一体……何が……」

「あのさ……さっき急に、名無子の様子がおかしくなったと思ったら、腕が」

「…………、」

「……柱間細胞カ……」

「………そうか……魔像を…口寄せしたせいで……」

オビトの記憶の中に、いつだったか、マダラに聞かされた言葉が蘇った。名無子は、外道魔像と身体を繋げることで、制御しきれない柱間細胞の力を安定させているのだと。

それが今回、ほんのひと時魔像が口寄せされただけで、名無子にこれほど負荷がかかるとは。であれば今後、計画を進めるにあたって何が懸念されるか。オビトもゼツも、同時に、あるひとつの考えに行き着いた。そしてそれを言葉にせずとも、互いに同じ答えに辿り着いたことまで、明白だった。


「………」

「何処ヘ行ク…?」

ゼツの問いに答えることもなく、オビトは無言で姿を消す。


恐らく今、オビトの中では、天秤が激しく揺れ動いている。それを察したゼツも、後を追うように地中へ身を潜らせた。

しかしいくら揺らいだとて、最後に下される結論は、最初から決まっているのだと。オビトも、ゼツも、分かっていた。だからこそどうしようもない迷いに苛まれ、この場から逃れるように去ったのだ。それすらも全て、分かっていた。


そしてそれを二人だけでなく、残されたもう一人も、分かっていた。十分すぎるほど、理解してしまった。


「……………」


パチン。

静寂に包まれた暗い空間に、小さな水音が響き渡った。

そっと横たえられた木の寝台の上で、くっきりと黒い二つの瞳が、闇の中に輝いている。何か決意を秘めたように力強く、爛々と、輝いている。


(2015/06/10)


←prevbacknext→
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -