始:初恋


忍の、人の世を揺るがした第四次忍界大戦から、遡ること十数年。
さらに言うなら、トビ、或いはうちはマダラを称する仮面の男が、表舞台に出るより十数年前のこと。


「……ここ…は……?」

友を守り、岩に潰され、息絶えたはずの一人の少年が、薄暗い闇の果てに、奇妙な老人と巡り会った。

「あの世との狭間だ…うちはの者よ……」

冷たい土の下での出会いは確かに、何かの終わりでもあり、何かの始まりでもあった。



***



「随分動けるようになってきたね」

「…っ、ああ……」

包帯を巻き付け、妙な継ぎ接ぎ跡のある身体。
その身体で覚束ない足取りながら壁伝いに歩いていく少年――オビトが、この地下で生活をはじめてから、もう少なくない時が流れていた。

「ふう……もうすぐ、一人でも歩けそうだな…」

人型をした“白いの”に支えられながら、オビトはゆっくりと木の寝台に腰を下ろす。このやけに硬い寝床の感触にも、だいぶ慣れてきた頃だった。

「ここまで回復するとは思わなかったよ。君、よっぽど早くリンとバカカシに会いたいんだね」

「……うるせえ」

しかし、度々纏わりついてはからかってくる、この白い同居人たちのあしらい方にはまだまだ不慣れらしく、オビトは邪険にしっしと手を振った。その拍子に身体に痛みが走り、微かに顔を顰めると、隣にいた“グルグル”が大げさに茶化す。

(早く立って、木ノ葉へ……カカシ…リン…!)

横臥したオビトの脳裏に、懐かしい郷里の風景が、恋しい友の面影が通り過ぎてゆく。この暗闇の中にあってなお、瞳の裏に鮮明に浮かぶそれらが、彼にとって文字通り、唯一の光明なのだった。



明くる日のこと。
その日は珍しく“白いの”たちが不在で、オビトには、この暗い空間がいつになく広く静かに感じられた。ちらと盗み見た白髪の老人、マダラは、いつも通り、微動だにせず死んだように眠っている。

「ぅ、っしょ……」

それでもオビトはいつもと変わらず、またリハビリに精を出した。一歩、また一歩と足を踏み出す度に、昨日より確実に、日毎に体が馴染んできたことを実感する。

壁に寄りかかり、足元を確かめながらひたすらに歩むうち、オビトはふと、自分がはじめて、寝台からだいぶ離れた場所まで辿り着いたことに気が付いた。

そのまま顔を上げると、毎日同じようにしか見えていなかったこの空間が、案外まだ知らない一面を持っていたのだと微かに驚く。例えば、あのマダラが眠っている処。その後ろのちょうど木の根のようになった部分で、寝台の方からは陰になって隠れて見えなかった場所が、今、オビトの視界の正面にあった。

「ん……?」

暗がりの向こうにどこか違和感を覚え、オビトはじっと目を凝らした。はっきりとは見えないそれが気にかかり、一歩ずつそちらへ前進していくと、

(お、女っ…!?)

壁に背を預けぐったりと座っている、自分以外の存在に目を瞠る。少しずつ距離をつめていくと、確かに、間違いなく、マダラでもなければ“白いの”でもない、自分とそう変わらないくらいに見える少女が眠っていた。

「なにやってんの」

「―ッぉわっ!」

オビトは突然背後からかかった声に思わずよろけそうになるが、なんとか踏みとどまる。予期せず大声を出してしまったので一瞬、少女の方へ目を走らせるが、相変わらず眠っているようだった。

「……ああ、名無子、見つけたんだ」

「名無子、って……アイツ、なんなんだ?」

「なにって、まあ、人間っスよ、どっちかってーと、君に近い方のね」

「……ああ?」

怪訝そうな顔でオビトはもう一度少女に視線を向ける。冷静になって見てみると、今しがた言われた言葉の意味が、少しだけ飲み込めた。

「あれ……背中のやつ……」

「そ、君やマダラと同じさ。あの子もちょっと人造体がくっついててね、魔像からチャクラをもらってる」

少女の背中からは、あの老人と同じように、魔像へ繋がる管のようなものが伸びていた。それにしても、自分とマダラ以外に人がいたなんて聞いてもいなかったし、思いもしなかったオビトは、じろじろと少女を――名無子を眺める。

「寝てる……んだよな?」

「そうだよ。名無子は起きてることの方が少ないし」

遠目に見てあまり健康的でない肌色に見えたものだから、本当にただ眠っているだけなのか、少しドキリとした。他にも疑問が途切れず次々と湧き上がってくるのだが、「だから、シーっ、ね」と促され、オビトは渋々と背を向けた。



とはいっても、当然、オビトはその少女のことが気にかかって仕方がない。自分の身体のこと、故郷のこと、そして仲間たちのこと。それらが延々頭を巡る合間に、少しずつ、眠りこける少女のことを気にかけるようになった。

やがて自力で満足に歩けるようになってからも、オビトは、度々少女を視界に捉えては、まじまじと見つめた。たまに姿勢が動いているから、間違いなく生きてはいるらしいのだが、相変わらず、あの老人と同じようにずっと眠っている。

あまりにオビトが少女の方を見ているから、“白いの”たちに、訊いてもいないのに色々と聞かされた。

「多分、君と名無子、同じくらいの歳だよ」

「………」

「前にマダラが外で拾ってきたらしいけど。大怪我してたとかで、あの子もマダラが手当てしてさ…君みたいにね」

「でも君ほど丈夫じゃなかったから、ああやって魔像に繋げて、生き長らえてるってワケっスよ」



その日も、リハビリの休息をとる間、オビトは近くにいる名無子にちらと目を向ける。

「……なあ、」

一つ聞きたい、と少し神妙な面持ちで顔を上げると、腕を組んだグルグルが、なぜか力強く頷いた。

「やっぱり、気になるっスよね」

「…は…?」

「分かりますよ。ボクも最初めっちゃ気になりましたもん」

うんうん、と言いながら名無子の方へ顔を向けたグルグルは続ける。

「名無子ちゃんはですね、実は、うんこし――」

「っだああああッ!!!おまっ、なにっ、なに言おうとしてんだコノヤロー!!」


「……ん……なに……?」

「……あ……?」


爆弾発言を投下しようとしたグルグルに掴みかかると、聞き慣れない、か細い声が耳に入る。振り向くと、これまで一度も開いたことのなかった名無子の瞼から、くっきりと黒い瞳が覗いていた。


「あなた……だれ……?」


寝ぼけ眼の少女は、久しぶりに目を開けたかと思えば、目の前には知らない少年がいたので、少しだけ首を傾げた。それから、グルグルと取っ組み合ったままのその少年が、あまりに目を見開いて固まったものだから、おかしくなって、くすりと笑った。

「へんなの……」



***



それからオビトと名無子は、ぽつぽつと会話を交わすようになっていった。オビトよりだいぶ長いことこの地下で過ごしているという名無子は、どこか世間離れしたような印象を抱かせたが、それでも“白いヤツら”よりは、断然話しやすかった。

「お前、最近よく起きてるよな」

「…ん…確かに、そうかも…?この間、オビトが寝てる間も、ずっと起きてたよ」

「ふぅん、そうなのか?」

「うん。聞いてた通りで、面白かった」

「は?」

「あのね、寝言で、リンリン〜、とか、バカカシ!とか言ってた」

「〜〜〜ッ」

拳を握り締め振り上げそうになると、名無子が不思議そうな目で見つめたので、オビトの顔はカッと熱を持つ。

「ねえねえ、それって、オビトの友達?」

「っ、ああ、まあな……」

「そっかあ、いいなあ」

それから乞われるままに、オビトはあれこれ名無子に話してしまった。勢いに任せて大なり小なり色をつけはしたが、己の一族のことや尊敬している先生のこと、木ノ葉という里のこと、将来の夢のことを、思いつくままに。

目を輝かせながら聞き入り、時に相槌を打ってはにこにこと微笑む名無子に、そういえば、名無子の方はどうなのだろうと、オビトの中に疑問が浮かんでくる。それをそのまま口にすると、名無子は微笑みを絶やさぬまま、

「私、自分の故郷のことも、親のことも、友達のことも、なにも覚えてないんだ」

と、少しだけ顔を伏せて言った。

「……お前……」

「マダラさんに助けてもらったときに、後遺症かなにかで、忘れちゃったみたいで」

あ、でもね、と名無子は一度手を叩くと、ス、ス、と指を組み印を結んだ。

「ちょっとだけ、故郷の術は覚えてるよ」

ぽわんぽわん、とオビトの目の前に大粒の水滴が現れ、それらが寄り集まり、顔の大きさくらいの、一つの水球が形を成す。水球に顔を近づけた名無子がふっと息を吹きかけると、大小さまざまな水泡が球の中に生まれ、ゆらゆらと踊り出した。青とも、水色とも、或いは緑、紫と角度によって色を変えるあぶくが、水の中できらきらと反射して輝く。

見たことのない術に、見たことのない不思議な美しい光景に、オビトが感嘆の声を漏らし見入っていると、名無子は得意気に笑う。

「ね、中々すごいでしょ?なんとなくだけど…こういう、あまり実戦向けじゃない術ばかり覚えているから、また今度、見せてあげるよ」

だから代わりに、と続けた名無子へ、オビトは水球から目を離し顔を向ける。

「いつか私、オビトの故郷を見てみたいなあ。それでその、リンリンさん?とか、バカカシさんに、会ってみたいなあ」

ふふ、と笑った名無子の横顔が、複雑そうに眉を寄せたオビトの横顔が、水球の明りに照らされ、ゆらゆらと揺らめく。

「……あのな、リンリンじゃなくて、リン、と、あと、カカシな」



後から振り返ってみれば、確かに。
この土の中での二つ目の奇妙な出会いは、ある寄る辺なき少女にとってまさに、初恋の始まりだった。


(2015/05/03)


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