序:いつか 陽の下 のはなし
屍の積み重なった戦場に、濃い死臭が立ち込めていた。
国の視察がてら、引き起こした戦の首尾を確かめに戦地を訪れてみたが、酷い有様だ。
ものによっては莫大な情報の宝を秘めた忍の死体を、互いに回収する暇もないらしい。
焼き払われた平原、不条理に命を絶たれた人々。その犠牲の山の上に、高笑いして蜜を啜っている屑共の影が見える。そう、例えばオレたちのような、戦争という死肉を漁る、薄汚い亡者共の影が。
気分の悪くなりそうな戦場を早々に後にし、国境まで一気に跳ぶ。林の合間を縫って進んでいく途中、微かなせせらぎの音が聞こえてきた。音を辿ってみれば、澄み切った小川が流れていた。
季節は初夏。
焼けつくような、とはいかないまでも、噎せ返るような夏の予感を従えて、照りつける陽光がじわじわと侵食してくる。
流石のオレも、覆い隠した全身に汗の張り付く感触を覚えた。
そんな熱気を和らげるような、目の前の清流に手を浸し、竹筒に水を汲もうと身を屈めた時だった。
「………カゲロウか……」
足をかけようとした平たい岩に、あるかないか、小さく陰を落とす存在。
透き通る羽を弱々しく伸ばし、微かに震わせている、蜉蝣だった。
文字通り、押し寄せる熱に紛れ、陽炎の如く消えてしまいそうな頼りない姿に、暫し目を奪われる。
先程見てきたあの戦場で、一体どれだけの人間が、無残に生を摘まれただろうか。
人々が束になり希望に縋ろうとも、圧倒的暴力の前では為す術もなくそれは奪われていく。
そうでなくとも人は、人間は争いを止めず、愛のため平和のためと、絶えず自壊へ向かっていく。
そんな愚かな理が支配するこの世界では、数多の存在が踏み躙られ、散っていくしかない定めなのだ。
人間ですらそれなのだから、この今、オレが一歩でも足を動かせば一瞬で立ち消えてしまう蜉蝣という存在は、なんと脆く、儚いことだろう。お前がその羽を広げ、大空へ飛び立つのは、それこそ一睡の夢の如き時間でしかない。たったそれだけの瞬間のために、お前は、その命を燃やし尽くす。
ならばせめてオレが、そんなお前が生きていける世界を、生きるに足る世界を、創ってやろう。
そうしたら今度はお前も、この太陽の下で、
「なあ、そうだろう、名無子」
独りごちたそれに、答える者はいない。
ただ、足元にひっそりと息づく蜉蝣だけが、静かに羽を震わせていた。
(2015/04/26)