※夢主の誕生日が2/29(うるうの日)という設定です。OKな方だけどうぞ。そういえば名無子は、毎年この時期になるとあからさまに落ち着きがなかった。
まるで誰かに尋ねられるのを待っているかのように、アイツは、そわそわした様子を隠そうともしなかった。
そうして最後には決まってこう言うのだ、「あたし、もうすぐ誕生日なの!」
素直に名無子を祝福してやるヤツも、勿論いた。
だが大抵の場合、こんな風に返すヤツもいた。「お前、今年誕生日ねェだろーが」
そして膨れっ面を見せる名無子にやはり決まってこう言うのだ、「あれ、お前今、何歳なんだっけ?」
毎年恒例ともなったこの掛け合いに、名無子はいつもムキになって応じた。
だからアイツが形だけでも誕生日を迎えて、大層機嫌が良かったある日、一度だけ訊いてみたことがあった。
「なあ、お前って、なんでそんなに誕生日にこだわるんだ?」
「え?……だってあたし、早く大人になりたいんだもん」
「ハア?大人になりたいだあ?」
「うん」
少しでも早く、ひとつでも多く年をとりたいのだと、名無子は言った。
「オレにはわかんねェ」という反応にも、「ほんとはもひとつ理由があるんだけどね」と意味深に笑っていた。
「なんだそれ?教えろよ」
「やだ!ぜったいヒミツ!」
「ああ〜?なんだよ、名無子のくせに」
「えへへ〜!ねっ、どうしても知りたい?」
「どうしても知りたいって言うなら、トクベツに、教えてあげてもいいよ」とアイツは言って。
ただしそれには条件があると、夕暮れ時に、人気のない神社でこっそり待ち合わせた。
「こんなところで、いったい何する気だよ?」
「ふふっ、えっへーん!じゃじゃーん!タイムカプセルだよ〜!」
名無子が手にしていたのは、煎餅か何かが入っていそうな、安っぽい銀の菓子缶だった。
「この中に、ヒミツの手紙を入れといたから」
両手で持った缶をアイツが軽く振ると、カラカラ、と小気味いい音を立てていた。
「だから十年後、ここで答え合わせしよ!」
「…十年後?」
「そ!あたしが二十歳になった日に、ね」
それから適当に地面を掘り返して、小さな穴に缶を埋めた。
穴掘りの道具なぞ持ち合わせていなかったから、作業が終わった頃にはすっかり日が落ちていた。
「はあ〜終わった終わったあ。……ねえ。十年後って…あたしたちさ、一体どうなってるのかな?」
「……どうだろうなあ。先のことなんてわかんねーけど……まっ、オレはそろそろ、火影になってる頃かもな」
「ぷっ、なにそれ、ははっ」
「っ、笑うなよな!そういう名無子はどうなんだよ?」
「んー?わかんない」
「っておいおい……」
「けどね!こうなってたい、って目標というか…願望ならあるよ」
「ふうん?」
「知りたい?」
「…別に」
「なによー!いいからそれも、十年後までの宿題ね!」
浮かびかけた白い月、瞬きだした星の下。
何処にあるのかも知れぬ将来について、二人で語り合った。
「…でもよォ、考えてみたら、お前、十年後ってまだ二歳しか年とってないじゃん」
「むーっ!またそんなこと言って!」
「二十歳になる頃?ってあと……四十年後じゃねーか」
「よんじゅうねんごぉ?……プッ、あは、あはははは」
口にした数字がお互いあまりに途方も無く感じられて、顔を見合わせて弾けるように笑った。
「はっ、オレなんて五十すぎかよ…想像もできねえな」
「ホント……四十年後もまだリンリン言ってるのかな?」
「っおい!!」
「しーっ!大声出しすぎ!」
「〜〜ッ」
「…まあね…十年後でも四十年後でも、あたしはいいからさ…」
急に声を潜めて、真剣な表情で名無子は、「大きくなってもまた二人で、ここに来ようね」と呟いた。その横顔が妙に大人びて見えて、なぜだかオレは、目が離せなかった。
「ね、必ずだよ!約束だからね……オビト」
四十年後に取りに来て
別にあの時の答えが知りたくなったわけでも、約束を果たしに来たわけでもない。
ただ、たまたま十年後のこの日、木ノ葉へ立ち寄り、あの神社の裏へ行く用事があったというだけだ。
掘り返した缶は幾分草臥れた風貌になっていたが、記憶と違わぬままそこにあった。
“未来の私たちへ”
黄ばんだ便箋に並ぶ拙い文字を目で追っていく。
“――それでね、私そんなんだったから、みんなと同じように年をとりたくて”
“はやく年をとって、オビトに追いつきたかったんだ。背伸びして、私もオビトの隣に並んでみたかったんだ”
“ねえ、将来の私は、どうなってるのかな。好きな人の隣に、追いつけているかな”
“もしまだ、ダメだったら……そのときは、がんばれ、未来の私”
全て読み終えた後、元通り、缶を地中に埋めた。
これは今オレが手にしても、意味の無いものだと思われた。
いくら願っても、もはやオレに追いつくこともないだろう、名無子。
だがこの先の世界でなら。お前のその望みも叶うのだろう。
思うままに齢を重ね。同じく年老いた“オレ”が、お前の手を取り、再びここへ来るだろう。
踵を返すと、一陣の風が吹き抜けた。後ろ髪が浚われ、乱雑に宙へ舞い上がり、揉まれる。
振り仰げば、夜空があの日の光景と重なったが、どこまで見渡しても、オレは独りでしかなかった。
END
(2016/02/28)