名前を知らない世界 4 | ナノ

名前を知らない世界

 カイツール軍港、とある宿の一室で男と子供は互いに戸惑ったような雰囲気をにじませながら向かい合っていた。

「あの世界の記憶が全くないわけじゃない。不意に思いだすけど、変えられない未来。何らかの修正力が働いているかのように、結果は何も変えられない。」
「……あ、ああ」
「俺はさっきマクガヴァン将軍の記憶を、俺に関するところだけ貰いました。いや、コピーさせてもらったって言うのかな…将軍は忘れてないんだもんな…。ディストからもそうやって記憶を貰って、自分がかつてルーク・フォン・ファブレのレプリカだったと言うことを……垣間見た…」

 第三者の視点で見た自分は自分だと納得いかないけれど、彼らの記憶の中にあるルークが自分だと思うことはしっくりと行くのだ。

「そのルーク殿」

 子供らしからぬ雰囲気で顎に手を当てて思案するその姿は、グレンが記憶しているルークとは少しばかり印象が違うように思えた。彼が幼い姿をしているのだから当然と言えば当然なのだが

「何度繰り返しているのかは」
「分からない。記憶はおぼろで…同じことの繰り返し故に何度目なのかも、自分がはたして正気なのかも…。繰り返している、という感覚も大抵はその時にならねば分からないのだ。デジャ・ヴュのように」

 疲れきったような様子に見た目よりも年老いた雰囲気に見える。

「今、記憶が鮮明なのは今までにない何らかのイレギュラー…つまりルーク殿に出会ったからという可能性が高い。しかし、思い返してみれば繰り返す時に必ずあの時のまま、あの時の流れのままのルーク殿にはあっている。」
「それはこの世界がそうあろうとしているから、足りないものは在るように作り出される」

 きっとそういうことだ。だけど、俺がこの世界に来たことで少しずつ変わり始めている。小さな罅の様に影響が出始めている。

「早くあいつらを呼びださないと…」

 自分の手に負えない傷になってしまったら、虫食いの記憶だけを頼りに再構成させなければいけない、繰り返すよりも酷い自体を引き起こしたら。恐怖に体が震えた。

「終わりにいつも、駄目だった。また、駄目だったと嘆く…それを忘れてまた始めから、何と恐ろしい世界だ…」

 繰り返す都度、無力さを悔しさを思い知らされる。お前には何も出来ないのだ、お前は何も救えないのだ。そう言われているようだった。いっそのこと死にたい殺してくれと、けれど変わらない、変えられない。狂えたらどんなに楽だったか。

「貴方から離れれば、またこの世界の修正力とやらに従うことになるのだろうな」

 そんな気がすると囁いた。自分よりもこの世界を恐れている大人を前にして子供は震えていた手を握り締めた。そっと近づきその疲れた顔を包むようにそっと手で頬を覆った。

「俺が成し遂げた未来を変えることは、俺にとって悪です。でも、成し遂げて見せる。」

 子供の力強い瞳を受けてグレンはハッと息をのんだ。それからほっと息をつくように微笑んだ。

「すまない。情けない姿を」

 己の頬に添えられた小さく暖かい手を包みこんで、頭を下げるように目をつぶった。弱気になって何もかもを放り出そうとした。何度悔しい思いをしても変えられなかった世界に諦めだけを感じていた。

 無責任に生きてきた罰だと思っていた。けれど、そうではなかったのだ。

「どれだけのことができるかわからない。だが私も貴方の力になりたい」
「俺は俺の記憶を持っていない。貴方の中の俺の記憶に助けられた。」

 緩やかに首を振り、多くは望まないと言ったような子供の様子にグレンは一瞬哀しげな眼をしたが、すぐに気を取り直したように立ち上がった。

「譜歌を知りたいのでしょう。せめてダアトまでは同行する。」

 ちょうど所用でグランコクマへと戻り、しばらくは仕事が入っていなかったのだから。と行ったグレンにルークは逡巡したのちこくりとうなずいた。

 

 
* * * * *


 ダアトについてルークはほっと息をついた。隣には気遣うようなグレンの姿が、彼とはここで別れることになっている。ローレライ教団まで送ってくれた男に礼を言って、ルークは乗ってきた船でそのまま帰っていく男に手を振った。
 正直子供の一人旅は大変だったと思う。お金も持っていなかった。大部分をグレンに出してもらってしまい。さらにはしばらくの活動資金だと渡されてしまった。

 彼に何も返せないと行ったら、自分たちの為に事を為そうとしてくれようとしているのだから良いのだと言われてしまって、押し切るように渡された。

( 必ず、何があってもやり遂げて見せる…から )

 彼の中の僅かな自分の記憶は随分と幼い印象だった。髪の長い自分、そして髪の短い自分に数度、交わした会話も少ない。落ち着いて話していられる状況があまりなかったと言うこともあるが、他の人の目から見た自分と言うのは酷く不思議な感覚だ。

「ダアトの図書館、それから音律士に直接……」

 グレンに教えられたようにまずは図書館で調べ物をすることにした。ディストの記憶を垣間見たことで、自分がルーク・フォン・ファブレのレプリカだと言うことが分かった。そしてその被験者がダアトに居ることも、しかし今は下手に手出しをすることはできない為、なんとか意識集合体を呼び出したいところだった。



2012/05/01
気がつくとグレンを割と出すようになってきたのですが、口調とか全くわからん。アスランさんと並んで性格口調謎キャラですな。公では敬語、私事では堅苦しいけど敬語じゃない。みたいな?魔槍ブラッドペインのイベントでは敬語ではなかったし…。
ダアト入り。ルークレプリカが生まれたのは2011年、エベノスが死去してイオン(被験者)が導師就任したのも同じ年、アリエッタとイオンの出会いは就任の二年前だそうです。

「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -