名前を知らない世界 2 | ナノ

名前を知らない世界

 歪に生まれ落ちた世界を憎んだ事などなかった。其れでも純粋に愛しきる事も出来なくて己の罪に呪詛を吐くように生きていた。

「クラング、ここは?」
「コーラル城だな」
「何時の?」
「お前が造り出された時だ。どうやら引き摺られたようだな。」
「俺が作り出された?」
「お前は記憶を食われたのだったな…」

 自分の姿を見下ろし顔を歪めた子供が独り。宙に向かって語りかける姿は異様であった。光る靄が徐々に薄れていく。

「…ふむ、我が形を形作られぬ。この世界の理と己の性質を忘れていた」
「この世界の理、ってことはローレライが地殻に封じられてるっていう理のこと?つまり地殻に居ろって世界に引っ張られてるってことか?」
「是」
「しかも第七音素同士は引き合う?」
「是。この世界に入り込むことだけに集中していた為、油断していた。理に引きずられ、我の性質により同じ時を擬(なぞら)え様とする理に我の殆どを地殻に持っていかれた。意識すら保てん」
「えっ!?ど、どうすんだよ!てか、他の奴らは!?」
「我らと同様に理に引きずられたのだろう。ルーク、そなたが我らを呼べ。世界の理は強いが、我らの契約はそれを上回る理だ。」
「わ、わかった…」
「しかし地殻に引きずられた我は如何に契約であろうと道を封じられている為、取り戻せぬ。我が守護と契約を…我は暫く力を貯めるとしよう、その剣にて眠りにつく」
 
 世界の在り方を、理を覆すため、許されぬ禁忌に手を取り合った同胞は言うが早いか、光は剣へと集まり消えていった。

「クラング!!…たく…説明不足だっつーの!!お前らが急げつったから、説明もそこそこに契約だけして来たってのに……」

 彼らが簡易的に作った世界から、同じ時を繰り返す切り離された世界に飛び込んだ。上下、左右の境無く縦横無尽にシャッフルされ、引きはがされる感覚の後にここにやって来たは良いが(いやあまりよくは無かったが)全員が離れ離れとはどういうことなんだ。

 この世界の理、同じ時を繰り返すと言うのなら、ローレライは地殻に、他の意識集合体は音譜帯と言うことになる。しかし、崩壊した世界の続きの中である時をループしているのだから、この時までこの世界に彼らという存在は無かったはず。

 人の願いは無いものも在るようにしてしまうのか

「って、そんなことはどうでもよくて……どうやってみんなを呼べは良いんだ…」

 そうして辺りを見渡して初めて気がついた。自分をじっと見つめて固まっている人物がいたことに…

「あっ…!」

( ヤバい。ローレライ、いやクラングが今は"俺が作られた時"って… )

 自分がいたのがコーラル城の音機関の上だと言うことに気がついて、冷や汗が体を伝う。記憶を無くしてはいるが、嫌な感情がまずいと自分に語りかけていた。

 この世界は同じ時を繰り返している、繰り返しているように錯覚させるために足りないものも補われているように思わされる。新しいモノなど何一つとして入り込む余地なんてない世界に記憶を持たずに落とされた。

「貴方っ」

 驚いた様な様子のまま伸ばされた知らない人の手。痩身の男ではあったが今のルークは子供の姿をしていて、背の高い男の手は大きく恐ろしいものに見えた。

( こわい )

「うぐっ…、やめろ!近づくなぁ!!」

 腰から引き抜いた剣を抗うように一閃させた。

「っ…」

 剣の切っ先は手を切り裂き、真っ赤な血が零れ落ちた。あまり深くは無かったが男が痛みで顔をゆがめたのを見てルークは狼狽した。

「ごっ、ごめん…俺、ど、どうしよう…」

 剣を取り落としそうになりながらルークは後ずさる。相手がどういう行動に出るかも分からず、どうすべきかも分からないままルークは剣を中途半端に構えたまま男を見上げた。

「貴方は…一体何なのですかっ……」

 酷く狼狽しているのは相手もだった。信じられないとつぶやきながら、どこか血走った眼を向けてくる。それが恐ろしくてルークは何も告げられずにいた。
 ゆっくりと間合いを詰めてくる男に、向けた切っ先が小刻みに震える。傷つけることを恐れたルークの刃は、手を伸ばした男を再び傷つけることは無かった。男に捕え得られた手首をきつく掴まれ、眉間に皺を寄せる。

「は、離せっ!嫌だっ」
「同位体レプリカができたと聞いて来たのですが…」

 音機関の方へと引きずられ押し倒されるように音機関の上へと縫いつけられる。男の手が何かを確かめるように体のあちこちをまさぐるのを感じてルークはぞっと背筋を震わせた。

「やめろ、離せぇ!!このっ変態!」
「へ、変態!?この私を変態呼ばわりとはっ」

 視線があったその瞬間、男は文句を言いかけながら言葉を無くしたように口をつぐんだ。不審げに見上げていると、見る見るうちに男の顔色が変わっていく。頬が多少あからんでいるようにも見える。
 日の当っていない様な肌に差す赤みにさすがにルークも何かを感じ取ったのか、頑なに男を拒む。

「そ、そんなつもりは一切っ…」

 男が否定する様な言葉を紡ごうとした時、男を拒むルークの手が男の肌へと触れた。ふっと淡い光が男の周りに現れ、それからルークの中へと消えていった。

「なっ、んだコレ…レプリカっ…?ディストっ……ネビ、リム先生……これは、俺…?」

 ネビリム先生、レプリカ、ルーク・フォン・ファブレ、同位体、被験者、サフィール・ワイヨン・ネイス、ジェイド・バルフォア、ヴァン・グランツ、フォミクリー
 光と共に流れてくる単語の洪水に目が回る。映像が頭の中をかき回す感覚に吐き気すらした。

 俺だ、あれは俺。被験者よりも淡い劣化した髪と瞳。ルーク・フォン・ファブレの複製品

「貴方は一体っ…」

 驚いたように慌てて離れて行った男にルークは回る視界を振り切るようにすばやく男のそばをすり抜けてかけ出した。とにかくここを出なければ、この場所で誰かに会うことは都合が悪い。何も覚えていないながらも、そう感じた。




「ゼンーっ!ラーゼン!!誰かなんか言えよ!何のための契約だよぉ〜!!」

 何も"知らない"世界に放り出されて、今にも泣き出しそうなルークはコーラル城から逃げ出し、何もない場所をひたすら走っていた。

「パチェー!ヴェル!!フィンにフラン!!クラン、リヒぃ〜!!」

 字を呼んでも出てきてくれない。諱は人に知られてはいけないと言われていたし、気軽に口にするのは憚れる。もう打つ手がないと、ひたすら叫ぶだけだった。

 日の傾き始めた世界、見上げれば暗くなる空に六つの音譜帯。靄が揺らめくように、空に架かる音譜帯が窮屈そうに揺らいでいた。

「何のための…契約だったんだよ……」

 結局一人きりなんじゃないか、こんな名前も知らない世界で、俺の名前を誰も知らない世界に

『…ルーク、譜歌を…』

 耳元でかすかな風音が告げて消えた。


2012/05/01
はぐれて一人ぼっちルー君、ディストが変態くさく…。とりあえず、どたばたコメディにしたいな。とか思いつつ、暗くなりがちなシリアス脳←
ディストからルークに関する少し記憶を拝借。あ、ちなみに精霊たちには(今のところ)性別無いです。ルーク総受けなら精霊は全部男がおいし(ry

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