名前を知らない世界 1 | ナノ

名前を知らない世界

 彼らはみんな自分の為に生きていた。誰ひとりとして俺の期待に答える為に生きているのではない、と言う事に気が付けたのは取り返しがつかない事になってからだった。
 全て当たり前だと思い込んで、勝手に憤り自滅して其れからやっと気づいた。この世界に俺のために生きている人は一人もいなくて、みんな自分の為に生きている。

 綺麗なだけのリアルさの欠片もない造りモノの世界では生きられない事など分かっていた。

「ルーク」
「俺を、呼ばないでくれ…」

 このまま眠りにつかせて
 余りにも大きすぎる罪を犯し、赦されるなど微塵も思ってはいないけど、こんなのはあんまりだと、声もなく泣いていた。奪ったものだったけれど、今の自分に唯一残されたそれは、酷く醜い響きとなって降り注ぐ。

「我が見た世界は、やはり形となってしまった。しかし、崩壊する世界は完全に朽ちたわけではない。お前を呼ぶ声は強く、何れ彼らはお前を再び目にするだろう。またそれはお前にとって最悪な形で」
「それは預言?」
「否。人の願いは時として我らの範疇を越えるのだ」

 作り物じみた世界。自分はただそこに在って、光に囲まれていた。今、断罪の時を待つように、重苦しい気持ちを胸に。だから、嫌だと愚図ってみた所で仕方がない。彼らは皆、自分の為に俺を欲しているのだから。
 自己満足の為だけに、罪滅ぼしのように。人間でもない癖に、人の心など分かりはしない癖に、彼らは一人前にその胸に抱く罪悪感に俺を引き摺り出すのだ。そうして俺には選ぶ権利など残されてはいない。

「…朽ちたわけではない?アレを見てお前たちはそう言うのか。こんな世界で何が生きられる?歩くための大地なんて残ってない。お前たちだって消えかかってる。俺なんかをこんな即席の世界に取り残して、何もかも消えてしまうんだ!」

 俺にとっての世界はもうここにはない。あれほど必死になりながら握りしめていた世界など、終わってみればどこにも存在してなどいなかった。だと言うのに、自分は彼らが間に合わせで作り出した世界に一人立っている。

「世界は捻じれ廻り出してしまった。我らの願いではない。愚かな人間が引き起こした愚かな世界だ。正さねば、再構成された歪な世界は永久に捻じれたまま廻り続ける。そこに閉じ込められた人間どもは、堂々巡りの願いに囚われ抜け出せぬ。永遠の苦痛を味わうのだ。嘗て我の片割れであった人間もまた、流れに抗えず世界の理の一部となってしまった。人の願いに含まれなかった、我らに待ち受けるのは消滅だけである。世界の理から外れ、今我らの力で其と言う個体を保っている。この呪縛を解くことができるのは、お前だけなのだ。」
「随分と都合がいいんだな。まるで、その為に俺をここに留めていた。みたいじゃないか」
「是であり否である。お前を留めていたのは我だ。片割れに体を、記憶を食われたお前が憐れで、その魂を留めていたのは我だ。だが、この世界を作り出しお前という個を与えたのは我だけではない。」
「傍観してるだけのこいつらも一枚かんでるってことか?」

 嫌そうに周りに目を向ければ色とりどりの光がたじろぐ様に揺らめいた。

「永久に同じ時を刻み続ける世界など在ってはならない。意思があったとしても感情の無い我らは、流れに抗えず理の一部としていずれあの世界に組み込まれてしまう。その前に何とかしたいのだ。時はもう残されてはいない。」

 答えを急ぐ様に光だった者は目の前に形作られた。映し身の様に見覚えがあるその姿に苦々しい気持ちが湧きあがる。記憶はとっくの等に無くしている。それでも、感情が波立つのだ。

「俺に作り直された永遠に同じことを繰り返す世界に行って未来を変えてこいって言ってるのか?人を殺しまくったあの世界を俺が自分の都合で作りかえるって?」
「再構成させようとしているのは愚かな人間たちの願い。理は当にゆがめられている。そして、一度流れた世界は或る意味で"無"となってしまった。故に未来を変えるなどという言葉はあてはまぬ。お前が望むうように永劫回帰を抜けだす世界へと構成し直すがいい。」

 どこかで見たような。けれど、完璧な作り物の様な手が立ち止ろうとする子供の元へと伸ばされた。救いを求めるように、拒否など認めようとはせずにしっかりと

「どんな理屈をこねようとも俺にとって、自分の手で築き上げてきた未来を作りかえるなんて事は罪と同意だ……。だけど、良いよ…俺とお前たちは"共犯者"だ。」

 結局、このまま何もしない方がよほど悪なのだから。無くした記憶の中、感情だけが覚えている仲間たちを、大切な人たちが永遠の闇に閉じ込められると言うのなら、偽善的で傲慢だとしても、どんな辛い目に在ったって救い出せと告げていた。

『我らと契約を』
「…どうすればいい」
「我らに真名(まな)を…諱(いみな)を与えよ。そして我らと同じ名をそなたの身に宿すのだ。そうすることで、我らとそなたの間に契約が結ばれる。」

 答えたのは目の前で紅色を宿す精霊ではなく、闇色の精霊だった。

「真名…諱?」
「体に宿る真の名の事だ。知らぬ者には力なく、知る者にはもっとも力のある言葉」
「今では"其れ"を知る者などいない。」

 青色の美しい髪を揺らした精霊が姿を現す。みな美しい姿をしていたが、感情のない瞳が一様に共通して冷たく見えた。

「俺がお前たちに名前をつけるってことだよな?」
「是」
「どんなのでも良いのか?」
「そうだ。時間はもう僅かだ。説明が必要ならば、名の後でも構うまい?」

 大地の精霊が風の精霊と隣り合って立っていた。

「我らにも嘗て契約していたモノがいたのだ。」
「ローレライはユリアより賜った諱の字(あざな)だ。」
「それが人の間に定着したのだろうな。人が知る名は全て字だ。我らの諱を知るのは契約した人間だけである」

「其の物を表す名であり、他の者には分からなければより良いが、そこまで求めはせんよ」
「諱とは普通の名の様に大抵は短いが一単語である必要もない。むしろ私たちの場合は短い方が問題かもしれない。」
「わしらが認めた者と契約を交わし力を行使するならば問題は無いが万が一、諱が他人の知ることになったとしたら、それはつまり我らの自由をも奪われると言うことだ。」

 早く早くと急かすわりにあれこれと言ってくる精霊たちに、自分たちは考える必要が無いからとのんきなものだと、少し苛立ちながら子供は懸命に頭を悩ませた。

「うーんと、え〜っと……第一音素闇(シャドウ)『フィンスター・テネブラエ=シャドウ』、第二音素地(ノーム)『パッチェ・テッラ=ノーム』、第三音素風(シルフ)『ラーゼン・ウェントゥス=シルフ』、第四音素水(ウンディーネ)『クヴェル・アクア=ウンディーネ』、第五音素火(イフリート)『フランメ・イグニス=イフリート』、第六音素光(レム)『リヒト・ルーメン=レム』、第七音素音(ローレライ)『クラング・カントゥス=ローレライ』…どうだ!」

「ふむなかなか良い。名は力を表す。正しく行使するためにも、響きは大切なのだ」

「それでは我らから契約の証しとして…ルクス・ディ・オラ・カエラム=ツァイト=『フィンスター・テネブラエ』『パッチェ・テッラ』『ラーゼン・ウェントゥス』『クヴェル・アクア』『フランメ・イグニス』『リヒト・ルーメン』『クラング・カントゥス』」
「長…くど…」

 告げられた名前を繰り返すも、よどみなく言葉にするのは困難に思えた。

「何、諱は人に告げる必要はない。むしろ告げてはならんのだからそれで良い」

 突然シャドウに差し出された剣を躊躇いがちに手に取る。

「これは力を行使するための鍵だ。ローレライの剣を元にした、我ら、そして主の力の象徴…さぁ、銘を与えよ」
「また名前か…」
「名は重要だ。与えられた銘に力と流れを持つ」
「俺たちの力の象徴、ね…。じゃあ、フィデリス・アド・モルテム」
「良い銘だ。主は、なかなかに聡明のようだな。」
「なんか、馬鹿にされてる気がする。」

 与えられた剣を常にそうしていたように腰に帯剣する。

「主が望むように我らはあろう」
「ルクス、我らの契約者。我の主」
「…違う、俺たちは共犯者だ。契約を結びはしたけど、同胞であり、主従なんかじゃない。だからお前たちも俺を字で呼んでくれ」
「…ふむ。奇妙な事を言う。が、よかろうお前のことは、ルーク。そう呼ぶとしよう」
「ルーク、そろそろ行かねば残されたときはほんの僅かだ」
「分かってる。世界を終わらせたい訳じゃないから」

 世界を救える等とは思っていない。それどころか本当は自分がいなくてもなんとかなる気がするけれど、何もない作り物の世界に取り残された俺はそうして生きるしかない。

「行こう、クラング」

 名前なんていらない。誰かのために、誰かの期待を叶える為だけに生きるのはもう疲れた。なのに、無くなってしまった者を取り返し満たすために、個を欲している。


 そう、俺が生きるために

 名前も知らない世界なら、名付けてしまえばいい。





2012/05/01
ローレライとルークの逆行、ルーク総受け
中二の代名詞、めちゃ長い名前← 命名とか楽しいよね。と調子に乗ってみた結果、どうしてこうなった/(^o^)\状態(響きとかで適当につけてます。)

補足:ラテン語
lux(ルクス:光り)Di(ディ:神)Ora(オラ:祈り)Caelum(カエラム:空)Tenebrae(テネブラエ:闇)Terra(テッラ:地)Aqua(アクア:水)Ignis(イグニス:火)Ventus(ウェントゥス:風)Lumen(ルーメン:光)Cantus(カントゥス:歌)
ドイツ語
ツァイト(時、時間)クラング(音、響き)フランメ(炎)ラーゼン(疾走、荒れ狂う)クヴェル(水源、泉、源)フィンスター(真っ暗、暗い)パッチェ(泥、泥濘、苦境)リヒト(光、あかり)

その辺から拾ってきたり、独自解釈(読みなど)で間違ってることもあります。すみません

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