設定していた時計が予定通りに鳴り響いた。ナマエはアラームを消して起床する。起き上がって大きな伸びをしてから洗面台へ向かった。そこで顔を洗い、歯を磨く。それから髪をとかし、身支度を整える。
 今日は悪夢に苦しむことがなかった、久しぶりの寝覚めのいい朝である。
 自室から出て、バーへ向かおうと歩いた。気分がよかったので、軽食を摂り、ハスクと会話を楽しみつつ少々酒を嗜もうと思ったのだ。朝から飲酒をするなど、まるで依存しているかのように見受けられるが、ハスクがそんなナマエのことを考慮してノンアルコールの酒を提供してくれるので、大した問題ではないであろう。ただ、ナマエは酒に弱いが飲むのは好きだという、なかなか面倒な天使だった。
 ロビーに出ると、チャーリーがソファに腰かけ、悶々となにかを思案した面持ちで腕組みをしていた。ナマエはそれが気がかりで、彼女の元へ近寄ると、「チャーリー?」と名を呼ぶ。チャーリーはよほど考え込んでいたのか、弾かれたように顔を上げ、眼をまん丸く見開いた。

「ナマエ! 今日はバイトがお休みって聞いたわ」

 その言葉に頷く。すると、チャーリーが隣へ座るよう促したので、それに従った。彼女は依然として苦悩しているような表情を浮かべている。

「昨日、アラスターが人食いタウンに連れて行ってくれたの」

 チャーリーは、そこでロージーという上級悪魔と談論し、エクスターミネーションの際に支援してもらうことに同意を得られたと言った。心強い味方である。
 ナマエはアラスターを介し友人になってくれたロージーの姿を思い浮かべた。上級悪魔は地獄一残酷という一般論を流布されている存在である。そこに含まれている彼女は、ナマエにとって大切な友人で、いざというときに頼りになる存在だった。
 チャーリーは、目前に迫るエクスターミネーションについて、不安を抱いていた。明らかに戦力が不足しているからだ。ホテルのみなだけでエクソシストを迎え撃つのは無理があると実感していた。このままでは勝利を収められないであろうということを、痛いほどに理解していたのだ。
 だが、ロージーの助力があれば話は別だ。戦勝にむけて、同等に、或いはそれ以上の戦力になる。そう思った。
 なぜロージーと交渉するという案が選択肢として浮かび上がったのかと言えば、アラスターが情報を提供したからである。彼は以前の上級悪魔間で開催された会合にて“天使は殺せる”という情報を入手していた。カミラ・カーマインとゼスティアルの会話をフランクに───エッギーズのひとりである───盗聴させ得ていた情報である。
 初めはその情報に耳を疑った。長年エクスターミネーションが執行されてきたなかで、誰しもが考えたことのない展開だったからだ。悪魔はみな、ただひたすらに、一方的に駆除されるほかないと考えられてきた。手の打ちようがないのであると。
 ゆえに、その話を聞いたとき、チャーリーはエクスターミネーションに対する活路を見出したのだ。そして“勝利を収める”という道筋を脳内に描いた。
 アラスターは、自室に閉じこもり、毛布にくるまって絶望しているチャーリーを見かねて手を差し伸べたのである。彼にとっては、チャーリーの計画が頓挫することは赦せたものではなかった。
 アラスターは四苦八苦するホテルのみなを見ることが好きだった。なぜなら面白いからだ!  地獄に堕とされた悪魔が天国へ行くために躍起になっているのが、面白おかしくて堪らない。生前の言動を棚に上げて昇天しようと宣う、そんな馬鹿馬鹿しい話があるとでもいうのだろうか。現状、到底実現困難な計画。彼はチャーリーの提案したそれの行く末を傍観したかった。無論、嘲笑を交えた高みの見物である。

「でもね、本当は話し合いでどうにかしたかった」
「……うん」

 チャーリーは苦しそうに言う。ナマエは眉尻を下げた。チャーリーの言っていることに理解を示し、同意しているからだ。ナマエとて無駄な殺生は避けたいのである。それが己を蔑むエクソシストであっても。
 先日、チャーリーは天国において最高位に君臨していると言われているセラと討論する機会を得られた。だが、その聴聞会では、チャーリーの主張はすべて跳ね除けられてしまった。エンジェルダストの昇天する条件を満たした行動を眼にしても、聞き入れてもらえなかったのだ。そこには先入観というものがあった。加えて、魂が救済されたのちの、昇天する方法も不明瞭だった。問題の糸口を掴むことさえも赦されないことにもどかしさを感じざるを得ない。
 悪魔は天国へ行けない。地獄に堕とされた時点で、導かれる未来は限定されるのだと、多くのものが口を揃えて言うのだ。チャーリーはそれが理解できなかった。事実、ホテルのみなが変わりつつあるという確信もあったから余計にである。
 聴聞会では、去り際にアダムに真っ向から宣戦布告をされた。エクスターミネーションが開始された暁には、真っ先にホテルに奇襲してやると。面と向かって言われるその衝撃は、想像以上のものだった。
 とは言え、やはりチャーリーはエクソシストに反逆などしたくなかった。長い年月を経た鬱積や鬱憤はあるものの、それとこれとでは話が違う。可能であれば、話し合いで折り合いをつけたかった。それは彼女の本心である。
 だが、チャーリーがいくら荒技を行使したくないと言えど、話を聞いてもらえないのならば、選択肢はひとつに絞られてしまう。

「チャーリー。わたしも怖いけど、みんながいれば、きっと大丈夫だと思う」

 ナマエはチャーリーの両手を握りながらそう言った。心の底からの言葉だ。彼女はナマエのその発言に、「そうよね、私もそう思う!」と笑顔を浮かべた。
 エクソシストは恐ろしい存在だ。眼の前で悪魔を斬殺する光景を、仲間を、幾度も見てきたのだ。残忍で残酷な、暴虐に満ちた立ち振る舞い。同じエクソシストとは言え、ナマエにとってほかのエクソシストは戦慄の対象である。徹底的に悪魔を淘汰し、粛正し、そして裏切り者を赦さない。それを身をもって痛感している。
 ただ、ナマエもチャーリーも同様に、エクソシストに復讐するつもりはなく、戦争も極力避けたかった。散々侮られてきた過去はあるものの、手をかけるか否かという提案を突きつけられると、首を縦に振れない。

「なまえも、仲間だったみんなと戦うのつらいよね」

 チャーリーが落ち込みながらそう言う。ナマエは言葉につまった。
 たしかにナマエは彼らと目標や目的を共有していた仲間であった。見限られたと言えど、元々は仲間と呼べる関係だった。そんな彼らと乱闘騒ぎになるのはつらいだろうとチャーリーは言うのだ。
 だがナマエは、仲間内で肩身の狭い思いをしてきた。戦果を残せなかったからである。ろくに働けないナマエは邪魔者でしかなかった。天国の安寧秩序を脅かすと考えられ、いずれ謀反を引き起こすであろうという危険性のある悪魔は駆除して当然であるにもかかわらず、それを実行できなければ、アダムの命に背いているとすら考えられてきたのだ。

「……チャーリー、心配してくれてありがとう」

 チャーリーは、笑顔を浮かべながらそう答えたナマエをじっと見つめる。絡む視線に、ナマエは首を傾げた。

「ねえ、ナマエはエクスターミネーションが終わったら、どうしようか考えてる?」

 訊ねられ、思考を巡らせる。
 エクスターミネーションが終了したら、チャーリーたちが勝利したら、敗北したら。ナマエはそれらのことを考えるのを、無意識に避けていたことに気がついた。今の生活があまりにも幸福に満ちていたからである。現在のような暮らしがこれからもずっと続けばいいのにと、そう思っていたのだ。
 ナマエとしては、天国へ帰還したいかと問われても、即座に同意できないのが事実だった。地獄は───ハズビンホテルは、ナマエにとってとても大切な場所になった。下手すれば天国よりも。ホテルのみなとも親しくなれたし、居場所があると実感できた。
 天国に帰還したところで、ナマエの居場所はなかった。無能であるがゆえにエクソシスト間では孤立していたからである。一般市民として生活する権利はあるものの、アダムがそれを許可するとも思えない。
 つまるところ、ナマエには存在価値がなかったのだ。そこにいてもいなくてもなんら問題はない、人権の失われた存在。アダムが与えたエクソシストという地位も使命も、ナマエにとっては己の首を絞めるものにしかならない。
 ナマエにとってアダムは恐怖の象徴だった。反抗しようものなら、恐ろしい仕打ちが待ち受けている。ただただ受け入れることしかできなかったのである。そうするほかなかった。アダムの求めていることが理解できず、手ひどく扱われることに受け身となるしかなかった。
 黙り込むナマエを見かねたチャーリーは、「ずっとここにいてもいいのよ」と言うと、ナマエのことを抱きしめた。そしてそのまま背中を優しく撫でられる。ナマエはそっと抱きしめ返した。

「チャーリー……わたしね、今とってもしあわせだよ」

 その言葉に、チャーリーはナマエを腕のなかから解放した。互いに満面の笑みを浮かべ、愉しそうに笑い声を上げる。

「ナマエって、本当にエクソシストじゃないみたい」

 不意に、チャーリーはそう言った。「どうしてエクソシストになったの?」その言葉に、ナマエの心臓が大きく跳ねる。彼女はナマエのことを見つめ、視線が絡み合う。
 ナマエがエクソシストとなった理由。それは先にも述べた通り、アダムの選択だ。そこにナマエの意思はなく、ただただ命じられるがままにその地位に就いた。そして使命を全うできないことを自覚させられ、思い出すことも恐ろしい行為をされてきた。
 なぜアダムがナマエのことを引き抜いたのかは、彼女もよくわかっていない。恐らくは暇つぶしなのだろうと、そう予測している。元よりひとを揶揄するのが趣味のような質のニンゲンだったからである。
 エクソシストは大抵、悪魔を憎み虐げたいと考えている。忌々しく癪に障る、そんな存在をことごとく駆除したいのだ。彼らは残虐性を有していた。
「ナマエ?」なにも言わないナマエを不思議に思ったのか、チャーリーが名を呼んだ。ナマエはそれにハッと我に返る。

「ん、ん〜……なんでかなあ……?」

 えへへ、と笑いながら濁すナマエに、チャーリーは瞬きをする。
 ナマエは誰が見たって悪魔を憎んでいるようには見えなかった。駆除するなどもってのほかである。だが、そんなナマエの様子を見たチャーリーは、話をはぐらかされたように思えて、事実を口にしたくないのだと察知した。しかし、ナマエが己の意思でエクソシストになったわけではないことはなんとなく腑に落ちていたので、話題を変える。真実を知ることに前のめりになっているわけではないのだ。彼女はナマエの総べてを受け入れる覚悟はできていたが、それは今でなくてもよかった。いずれ実現できるであろうと考えたのである。焦る必要はない。

「私ね、ナマエには話が通じると思ったからホテルに来てもらったのよ」

 チャーリーは、ナマエと初めて出会ったときのことを思い出しながら話す。彼女はナマエが後方から跳躍した悪魔の剣により、片翼が引き裂かれたところを目撃していたのだ。エクソシストに手を出した悪魔は見たことがないと眼を見張りつつ、ナマエたちの動向を傍観する。ほかのエクソシストはこのまま片翼の仲間を抱えて帰還するのだろう。そう考えたのだが、彼らはナマエを放置していったではないか! 明らかに飛行することができないであろう仲間を。
 つまるところ、見限られた。チャーリーはそう思案し、ナマエの元へ走って行ったのだ。
 チャーリーはナマエと実際に話をしてみると、ますます“意思疎通を図れるエクソシスト”であると実感した。悪魔どころか小動物一匹すらも殺せないようなエクソシスト。それがチャーリーがナマエに抱いた第一印象だった。そしてその印象は今も変わらない。
 それに、ナマエと腹を割って話をすることで、天国に関する情報を得ることもできるという思案もあった。天使と悪魔が唯一接触できる機会と言えば、エクスターミネーションであろう。だが、それのさなかでそんな悠長なことができるわけがない。
 エクソシストは悪魔の声を聞かない。ひたすらに彼らを駆除するのに大忙しなのだ。会話をするつもりも毛頭なかったし、それを試みること自体が時間の無駄と断言できた。よって、チャーリーはナマエと出会えたことを一世一代の好機と捉えた。
 ナマエは始めこそ地獄を恐怖し、周囲のものすべてに戦慄するという生活を送っていたものの、ホテルのみなのおかげで、いわゆる“普通”の生活を送ることができるようになった。天国では考えられないほど充実した毎日に、心身ともに満たされている感覚を抱いている。
 ただ、片翼と輪を失い、一般的な力さえ搾取されたナマエは、悪魔の格好の餌食となるのは想像に容易い。
 すると、チャーリーはナマエにホテルの経営を支援するためアルバイトを始めたいと言われた際のことを思い出した。当然ながら、彼女は大反対した。取って食われやしないかと気が気でなかったのである。当初は、ホテル内でナマエのアルバイトに関する会議が開催された。特にチャーリーが絶対に許可しないと強く主張した。心配と不安が混ざった感情が湧いてしたかなかったのだ。それに、チャーリーにはナマエを従業員として迎え入れた張本人である。そんなナマエを命の危機に瀕させるわけにはいかない。
 なかなか結論が出ないなか、外出から帰還し現れたアラスターの「特に問題ないかと」という言葉に、ナマエは心底歓喜していた。それを眼にしたら、もう駄目だとは言えない。それくらいの喜びようだったのだ。
 ただ、やはりと言うべきか、ナマエがアルバイトをしていると、面倒ごとに巻き込まれることは少なくない。不慮の事故や事件、拉致監禁など、枚挙にいとまがないのだ。ナマエはいつだって被害者になり得る存在なのである。
 それでも毎回、最終的には五体満足でホテルへと帰還する。なんとも不思議なことだ。驚くほどの幸運の持ち主なのかも知れない。チャーリーはそう結論づけている。
 実際は、幸運ではなくアラスターの恩恵が───ナマエにとってはもはや呪術であるが───あるからなのだが、それを知るものは少ない。

「チャーリー? どうしたの?」

 ナマエは考えごとをして黙り込んだチャーリーを不思議に思い、思わず声をかけた。彼女はハッと我に返ると、「ナマエ、バイトには慣れた?」と訊ねた。

「うん! 仲良くしてくれるひともいるの」

 とろけた笑顔でそう言われると、アルバイトを許可したかいがあったと、そんな気持ちが芽生える。ナマエによくしてくれる悪魔もいることに、チャーリーは安堵する。同時に、そんな珍妙な悪魔もいるということに驚き、笑みを浮かべた。
 地獄も捨てたものではない。チャーリーは地獄がつぶさに嫌悪される理由がわからなかった。昇天を許さないと言われるなど論外だ。確かに無法地帯ではある。だが、それ以上に長所もあるのだと主張したかった。それでも、恐らくは耳を貸そうともしてくれないのだろう。
 チャーリーは天国の理不尽さを痛感した。そして、存外融通の効かない国民性であることも。これでは、天国を追放された父───ルシファーにとって、ある意味正しい選択をされた可能性もあるとさえ思える。天国で暮らすことによって、得体の知れないなにかに侵食されてしまいそうな錯覚まで抱いた。或いは天国は、一見楽園のようでいて、実はそんな輝かしい、幸福ばかりの場所ではないのかも知れなかった。
 不意に、チャーリーがナマエのことをじっと見つめる。その真剣な眼差しに、ナマエは首を傾げた。すると、彼女は真剣な顔で「ナマエに、パパと会ってほしいなって」と言った。ナマエは頭の上に疑問符を浮かべる。
 ナマエにとってのチャーリーの父親に対する印象は、己の行いによって天国から爪弾きされた地獄の王である。ナマエはそんな地獄における権力の塊のような人物と会う理由がある思いつかず、訊ねる。

「チャーリーのパパと? どうして?」
「ナマエと境遇が似てる気がして」

 ナマエは不可抗力で天国から追放された。加えて悪魔を駆除できないという特異性も有しており、ひとりを除いて見限られていると考えられている。ルシファーとは、排除され堕天したという点で重なるところがある。そう思案したらしい。

「ヴァギーも天国から見限られちゃったし、共通点があるからなにか通じるものがあるかなって思ったの」

 チャーリーはナマエとルシファーを引き合わせたかった。
 ルシファーは広い屋敷でひとり寂しく暮らしている。妻───リリスは、七年も行方知れずなのである。チャーリーは母に会いたいという気持ちが胸中にあふれている。己の取り組んでいる計画、近況、新しくできた友人。聞いてもらいたいことが山ほどあった。

「それに、話し相手がいたらパパも喜ぶかなって考えたのよ」

 はにかむように笑むチャーリーに、ナマエは頷いた。

「わたしみたいなのでも、ルシファーさまと話したら喜んでもらえるのかなあ」
「もちろん!」

 チャーリーは、さらに「パパにはもうナマエのことを話してるから、あとはいつ顔を合わせるかね」と続けた。
 実は、ルシファーはナマエの情報をこれでもかというほどに把握していた。チャーリーが包み隠さず話しているからだ。彼はナマエに興味を持っている。エクソシストであるのに悪魔を殺せず、さらには同情するナマエの物珍しい特徴を気にかけているからである。チャーリーがそのことを伝えると、ナマエはぱちぱちと瞬きをした。
「パパ、ナマエを見たらどう思うかな」チャーリーはにこにこしながらそう言う。

「エクソシストには思えないってびっくりするかも!」

 愉しそうに口を開くチャーリーに、ナマエも思わず笑顔になる。
 チャーリーには、ルシファーがナマエと会うことで、今後の助言を得られるかも知れないという期待もあった。恐らくは天使とも、そして悪魔とも言えないような存在であるナマエのことを。

「実はね、パパはここに来たことがあって」

 どうやらルシファーは、ナマエがアルバイトでホテルにいなかったときに訪ねていたらしい。チャーリーは、ふたりが会えないことに落胆した。毎度タイミングが合わずに、なかなか顔合わせができないふたりを残念に思っている。そしてそれはルシファーも同様だった。

「まあ、ふたりにはいずれ会ってもらうことにして!」

 チャーリーは声高らかにそう言うと、さらに続ける。

「天国大使館と聴聞会に行ったときにアダムっていう天使と話したんだけど」

 途端にナマエは血の気が引いた。顔を青褪めさせ、口元がわななく。その尋常でない反応に、チャーリーは驚愕した。そして思わず言葉につまる。言ってはいけない言葉を口にしてしまったと、そう思った。「あ、あだむさま、は」怯えた声音は、誰が見ても恐怖に支配されているそれである。

「ナマエ、ごめんなさい。軽率だったわ。だから話さなくて大丈夫」

 チャーリーは震えるナマエを抱きしめながら呟く。
 以前よりいけ好かないやつであるとは思っていたものの、やはりナマエの様子を見るに、己の感覚は誤っていなかったのだと納得した。
 ナマエとアダムの関係性。それはエクソシストの上司と部下であろう。ただ、ナマエの様子を考慮すると、そんな単純な話ではないのかも知れない。加えて聴聞会から追い出されたときに聞こえた“回収”するという発言。物のような扱いだと思った。まるでナマエの人権が脅かされているかのように。
 エクスターミネーションの際、ナマエは表に出ない方が賢明であろう。チャーリーはそう結論づけた。裏切りものに対する処分を危険視していることもあった。エクソシストがナマエを発見した暁には、身の毛もよだつような事態を引き起こされるに違いなかった。ただでさえ慈悲のない存在なのである。警戒するに越したことはない。

「ナマエ、大丈夫よ。私たちはみんなナマエの仲間だから。絶対守ってみせるからね」

 ホテルにいるものはみなナマエの味方である。力強くそう言い切ったチャーリーに、ナマエはじんわりと心のうちがあたたかくなる感覚に満たされた。
 まるで地獄で展開されている状況とは思えなかった。あまりにも人情に、人間味にあふれた状況だった。
 味方や仲間という存在は、エクソシストのなかで異端者扱いされてきたナマエには縁遠いものだった。ゆえに、チャーリーの言葉はナマエをいたく魅了する。思わず微笑み、「仲間……うれしい」と言った。
 チャーリーは己を鼓舞する。至難を乗り越えてみせる。みなと協力すれば、勝利を手にすることができるのだと!


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