店内は盛り上がりを見せている。
 ナマエはチェリーボムに連れられて、同意という名のセックスクラブに訪れていた。チャーリーとヴァギーが天国へ赴いている間に、息抜きとして渡された資金で夜遊びを許可されたのだ。エンジェルダストが更生に向けて、日々弛まぬ努力を重ねていることを評価してのことだった。
 チャーリーとヴァギーは、悪魔の魂も救済されることが可能であることを意見しに天国へ向かう予定となっていた。聴聞会の開催という絶好の機会を得られたのである。ホテルに来てから目覚ましい言動の改善を見せているエンジェルダストを、天国で悠々自適に生活をするものたちに伝えたかった。そのための準備を進めていた数刻前に、チェリーボムが友人───エンジェルダストに会うため、ホテルにやって来た。チャーリーはチェリーボムを快く受け入れた。彼がそのような間柄の人物を連れてきたことはなかったし、それゆえに余計に興奮したのだ。思わずチェリーボムの手を取り感謝の意を伝えるが、彼女は若干の引いた面持ちになった。しかし、手に札束を持たせられたら、そんな感情は吹き飛んだのだ。
 サーペンシャスはジュースを飲みながらなにげなくロビーへ現れると、チャーリーとヴァギーが天国へ続く扉を潜り抜けるのを視認した。そしてチェリーボムがいたことに心の底から歓喜した。彼女をロックオンすると、あからさまに笑顔を浮かべ近寄るのだ。チェリーボムは面倒くさそうに顔を歪めた。とは言え、チャーリーの意向がある。そして極めて不本意ではあるが、クラブへ同行してもらうという旨を説明をした。その際に彼は己の身なりに関して彼女に問うた。サーペンシャスはチェリーボムに興味を持ってもらいたかった。だが無関心にあしらわれ、「そんなあ……」と呟いたのだった。
 皆がホテルをあとにする。そして店の前に到着すると、扉を開いて入店した次第なのである。
 店内のパープルやイエローなど、目まぐるしく変化する照明の色調に、ナマエは眼を細めた。ちかちかと視界が輝くのだ。何度来店しても慣れない空気である。だが、大音量の環境音に、ナマエはいたく心を弾ませていた。だいすきな皆と外出できるのが嬉しかった。
 ナマエは夜遊びを経験したことがなかった。もとより秩序が失われて無法地帯な地獄であるが、それでも昼間よりは夜間の方が明らかに治安が悪くなるからだ。それに、夜間に酒を嗜む際はホテルでと限局もされているからである。日中でさえ危険な目に遭うというのに、夜間など言語道断だった。外で飲み明かすのは心配であると皆に言われていた。酔ったナマエは厄介だ。ゆえに、それ相応の難事に巻き込まれざるを得ない。それを危惧されているのだ。
 エンジェルダストが疲労困憊しながら「飲まなきゃやってらんない」と呟く。丸一日、ヴァレンティノに拘束され、強制的にポルノ映画の撮影をされていたのだ。エンジェルダストはそんな生活に辟易していた。だが、契約がある以上、逆らうことはできない。彼はそのことに歯痒さを抱いている。
 チェリーボムはそんなエンジェルダストを見かねて、懐から錠剤を取り出した。いわゆるドラッグである。それを服用し、気分転換しようと言うのだ。確かにエンジェルダストはヴァレンティノとの関係を解消したかった。ただ、契約があるうちはどだい無理な話だった。過去の彼はドラッグに頼った逃避をするしか道がなかった。
 だが、それではせっかくの息抜きが台無しになってしまうし、なによりもチャーリーを裏切ることになってしまう。エンジェルダストはそう思考を巡らせ、優しく否定した。チェリーボムは最初は納得しなかったものの、最終的にはエンジェルダストの意見を受け入れた。釈然としない面持ちではあったが、彼のことは友人であると思っていたし、大事にしたいとも思っていたからだった。
 エンジェルダストとハスク、チェリーボムが酒を飲む横で、ナマエはサーペンシャスと話をする。彼はどこかもじもじと落ち着きのない様子である。ナマエはそれを不思議に思い、彼に訊ねる。

「ペンシャス、どうしたの?」
「えっ? あ、ああ、いえ、私は……チェリーに……」

 サーペンシャスは、どうやらチェリーボムと話をしたいようだった。物言いたげな顔で彼女のことをちらちらと横目で見ているのだ。ナマエはそれを眼にして、合点がいったと笑みを浮かべる。

「わかった!……ペンシャス、あなたチェリーのことが」

 ナマエはそう言いかけ、サーペンシャスの両手で口を塞がれる。彼女はきらきらと輝いた表情ににこにこと満面の笑顔を浮かべた。彼は焦ったように「それ以上は言わないでください!」と言うので、何度もうなずく。それを確認すると、ゆっくりとナマエの口元を解放した。

「意識したのはいつからなの?」
「……戦って四回目……くらいからでしょうか……」

 過去を思い出しているサーペンシャスの頬は赤く染まっている。

「声、かけてみないの?」

 ナマエが微笑みながらそう訊ねると、サーペンシャスは神妙な面持ちで首を縦に振り、意を決してチェリーボムの元へと歩み寄った。「ち、チェリー! ショットを奢りますよ」両手にグラスを持ちそう言うが、彼女はにやけてなかなか受け取らない。サーペンシャスはもの言いたげな顔をする。彼女は面白がっているようだった。
 サーペンシャスはその空気にいてもたってもいられず、苦しげに店内にいるみなに酒を奢ると豪語した。それにその場にいた全員が歓喜の声を上げる。そこでようやくチェリーボムがグラスを受け取った。

「ナマエもどうぞ! 私が奢りますからね」

 サーペンシャスはそのことがとがよほど嬉しかったようで、小躍りしながらそう言われた。ナマエもグラスを受け取り、一気に呷る。咽頭から食道が焼けるような感覚。頭がぐらりとし、視界が揺れた。
 そこからどんどん酒が進み、みなはあれよあれよという間に十二杯目の酒を飲み干した。「友達がいるって最高ですね!」というサーペンシャスのその声が、どこかぼんやりして聞こえる。

「ナマエ、ほら。まだ飲めるだろ?」

 チェリーボムに愉しそうにそう言われ、グラスを受け取った。そしてまた一気に飲み干す。

「なあナマエ、愉しんでるか?」

 エンジェルダストが隣に腰かけた。

「そういや、こういう店でナマエと飲んだことなかったよな」

 彼はナマエのことを迎えにいくことはあったが、店で盃を交わしたことはなかったと言う。

「俺は最高に愉しんでるよ」

 心地よい酔いのなかで、エンジェルダストは現状を心ゆくまで堪能していた。これから訪れる災難を予測できないほどに。
 本来ならば、エンジェルダストはナマエが飲酒するのは控えるべきであると考えている。少々嗜む程度であれば、そこまで眼を光らせる必要はないだろうとは考えているものの、やはり心配なのだ。ホテル内で飲酒をする分には問題ない。だが、外で泥酔すると、痛い眼を見る。それはよくわかっていた。ここは地獄なのだ、弱者につけ入ろうと思考する輩はごまんといる。ナマエはあまりにもひ弱で脆弱で、標的とされる傾向にあるのである。
 しかし、今は違う。チャーリーに息抜きをしておいでと言われ、エンジェルダストは有頂天になっていたのだ。つまり、張りつめていた緊張の糸が緩み、浴びるように酒を飲むナマエを、どこか楽観的に見つめている。

「わたしも」

 ナマエはエンジェルダストの頬を両手で包み込んだ。至近距離で絡む視線。きれいな水晶体に映る己は眼を見開いている。彼は硬直した。
 あ、これやばいかも。そう思ったのだ。
 ナマエはエンジェルダストに近寄ると、そっと唇を彼のそれと重ねた。触れるだけのバードキスだったが、それでも今までは、いくら酔いが回っていたと言えど、唇同士を触れさせることはなかったのだ。ゆえに、彼に以前とは比較にならないくらいの衝撃が走る。眼が離せない。やがて、ナマエは呼吸をするために唇が解放された。そしてまた重なる。身体がアルコールに蝕まれたことによる紅潮した顔、そしてとろけた眼。
 マジかよ。エンジェルダストは嫌な予感がした。
 ナマエは酔うと面倒くさい。それは重々承知していたが、ここまで酒を飲んでいるナマエは、そういえば見たことがなかったと思い当たる。加えて、外で、である。今まで眼にしたことのなかった様相に、冷や汗が伝った気がした。この状態で店にいると、骨が折れると。今までのキス魔や泣き上戸がかわいく見えたのだ。
 思考停止に陥っているエンジェルダストに気がつかないナマエは、今度はハスクの隣へ移動する。

「ねえ、はすく〜? たのしんでる? わたしはねえ、とってもたのしいよ!」

 頬を紅潮させながら声をかけられ、ハスクは瞠目する。

「おい、そろそろ止めた方が───」

 言いかけ、唇が塞がれた。そのまま両手で頬を固定され、角度を変えて幾度もやわらかな唇が押し当てられる。彼の視線が、閉じられた瞼に縫いつけられる。やがて、再度唇が触れそうになったところで、チェリーボムが間に入った。「ナマエ! いいねえ!」固まるハスクを横目に、チェリーボムがナマエの隣に座り、そう言ったのだ。興がる姿を微塵も隠そうとしない。肩に腕を回し、がしがしと頭を撫でる。だが、今はそれが助かったとも思う。エンジェルダストは溜め息を吐きながら「ナマエにはこれ以上飲ませたらだめだ」と言った。

「エンジェル、なんで止めんのさ」

 けらけら笑いながら言われ、肩をすくめる。エンジェルダストは立ち上がると、未だハスクを抱き締めているナマエの頭を撫でた。そうすると「えんじぇる〜!」と、今度は彼に抱き着く。そのまま頬ずりされるが、今はそれがどうしようもなく心地よかった。
 つまるところ、エンジェルダストも酔っていたのである。しかし、今日ばかりは許されるだろう。

「あれ? そういやニフティは?」

 エンジェルダストは、抱き着くナマエの頭を撫でていると、ニフティがいないことに気がつき、そう口にする。周囲を見回してみれば、彼女は別の客のところへ行き、飲みかけのグラスをゴミ袋に入れているところだった。エンジェルダストはナマエを椅子に座らせると、呆れた様子でニフティのもとへ行き、これで勘弁してくれと客に金を渡す。
 だが、ニフティは今度は掃除用具の入った棚を開いてなかを漁り始めた。エンジェルダストは慌てて走り寄る。するとチェリーボムが「今日は気晴らしに来たんだよ?」と立ち塞がった。興ざめしたかのような物言いだ。だが、エンジェルダストは、クラブに慣れていないニフティに危険な目にあってほしくなかった。過去の己のような仕打ちをうけるのは嫌だったのだ。
 エンジェルダストは酔いが回っているニフティをハスクに預ける。その隣で、ナマエが椅子に横たわり、夢のなかにいるのを確認する。

「寝たのか」

 エンジェルダストとハスクは顔を見合わせた。そっちの方が助かると、そう思ったのだ。ニフティだけでも大変であるのに、もうひとり手をつけられないものがいれば、気が気でない。ふたりはほっと胸をなでおろす。
 サーペンシャスはそんな三人の様子を見てから、ショットを一気に飲み干した。そしてぬるりと移動すると、どこか不満げな表情を浮かべているチェリーボムに声をかける。
 サーペンシャスはチェリーボムと一線を越えたかったのである。要はセックスがしたかった。この店には丁度、セックスクラブの名の通り、それ専用の部屋が用意されている。
 だが、なかなか本音を口にできなかった挙げ句、遠回しに拒否され、結局見ず知らずの男ふたりに引きずられるがまま、彼の念願が叶うことはなかった。
 エンジェルダストとハスクがそれをなんとも言い難い表情で眺め、チェリーボムの元へ近寄る。彼女はエンジェルダストに「毎日を更生に費やす必要はないだろ?」と口にした。しかし、彼の問題はそれよりもヴァレンティノとの契約にあった。
 エンジェルダストはヴァレンティノから解放されたかった。チャーリーに手を差し伸べられ、ハズビンホテルに勧誘されたことで余計にその思いが加速したのだ。善行を積めば更生でき、魂が救われるのだという言葉に惹かれたのである。過去の悪行は取り消せないが、それでも改心すれば、未来は変えられる。彼女とともに過ごすようになって、その思案がより明瞭になっていた。
 不意に、エンジェルダストがナマエの方へ視線を移すと、彼女は覚醒し、それぞれ異なる種族の悪魔四人に取り囲まれるようにして椅子に座っていた。

「おう嬢ちゃん、唆る顔してんなあ」
「ひとりで来てんのか?」
「俺らと一発ヤっていこうぜ」

 恰幅のいい男に腕を掴まれ、腰に手を回されている。エンジェルダストは顔を青褪めさせながらナマエのもとへ走った。

「ナマエ! なにしてんだよ!」

 慌てて男らを押し退けてナマエの腕を掴み、強制的に立ち上がらせる。それを見かねたハスクも、やれやれと駆け寄った。ナマエは身の危険を感じていないのか、とろとろしている。

「ふふ、ねえ、わたし、かわいいんだってえ」
「知ってる」
「おい、そういうことを言ってる場合じゃないだろう」

 ハスクは呆れ顔でエンジェルダストに声をかけた。男らはなかなかナマエから手を離そうとしない。それに痺れを切らしたエンジェルダストは、思わず中指を立て「失せろ早漏」と吐き捨てる。そしてその言葉に怒り狂う男たちに背を向け、チェリーボムのところへと戻った。

「ナマエ、頼むからもうどこにも行かないでくれ」

 疲労した面持ちでそう言われたナマエは、彼に抱きつき「うん!」と返事をする。だが、その気持ちが本当に通じているのかは怪しい。
 そこで、エンジェルダストの目線がある一か所へ向けられる。
───ヴァレンティノだ。彼が店の奥にあるソファに腰かけていた。女をふたり連れた、両手に花の状態で。エンジェルダストはみなに店から出ようと言うものの、ニフティがヴァレンティノのところへ走って行ってしまったので、抱き着いていたナマエをハスクに預け、追いかける。次いで、見つかってしまった。

「これはこれは、エンジェルじゃないか」

 愉しそうに名を呼ばれ、眉をひそめる。
 ヴァレンティノはニフティを見て、彼女の特性で性的な欲求を満たせるものもいる、と言った。エンジェルダストはそれに憤激が湧くのを実感する。友人に手を出されたくなかった。“そういう眼で見られる”のも我慢ならない。彼らを心底大切に思っているからだ。そしてヴァレンティノにそう吐き捨てた。すると舌打ちをされ、頬を叩かれ後方へ倒れこむ。
 ヴァレンティノに反抗する態度を見せたエンジェルダストは、本当は処分されてもおかしくないほどの様子であった。実際その点で、ヴァレンティノは数えきれないほど“使えないやつ”を殺めてきた。ただ、エンジェルダストは金になる。ゆえに、今のところは彼に手をかけるという選択肢はない。
 ヴァレンティノは酷く気に食わないと言ったが、エンジェルダストは言いたいことは言えたと、どこかすっきりした様子でハスクたちのところへ戻ったのである。




 一方、天国では。
 聴聞会にて、悪魔の魂が更生できるのか否か、エンジェルダストの行動を見て判断するため、彼らの様子を映像で観察しているところだった。
 エンジェルダストは魂の救済のためにハズビンホテルで生活している。チャーリーは彼の変貌ぶりを皆に見せたかった。それを眼にすることで、悪魔に対する偏見がなくなると確信していた。
 その映像のなかで、ナマエの姿が映る。エンジェルダストたちとクラブに行っているのだから当然である。アダムはそれを見て、額に青筋を浮かべ、ぴくぴくと口角が痙攣しているのを自覚する。
 ナマエが地獄に堕ちたのは把握しているし、おっ死んでいるとは微塵も思っていなかったが、まさかオンボロホテルにいるとは予想だにしなかった。

「ふっざけんなよマジで……」

 しかし、やはり腹の底から声が出る。憎悪に支配され、思わず悪態を吐いていた。隣にいたリュートにはその言葉が聞こえており、映像のナマエに注目する。
 ナマエは、誰が見ても愉しそうに窺えた。エクソシストとして生きてきたときよりも。アダムはそれが酷く面白くなかった。
 ナマエがいるべきは天国だ。存在感は天国に見合うそれなのに、まるで溶け込んでいるかのような光景が、苛立ちを助長させてしかたがない。
 アダムは、ナマエが地獄にてよからぬ輩に手を出されていないか気が気でなかったのだ。ナマエがべったりと密着している相手は恋人関係であるわけでもない。恋人と断言できる相手がいたらいたで、アダムの神経を逆撫でするというのに!
 彼はただただ嫉妬していた。
 酔ったナマエはエンジェルダストやハスク、そしてホテルの従業員には見えない男と関わっていた。その光景を凝視せずにはいられない。エンジェルダストとハスクに至ってはキスをしていた! アダムは苛々している。ナマエの一挙手一投足を見逃すまいと、食い入るように映像を見つめた。その両眼は、瞳孔が開いていた。
 帰還したら酒でも飲ませるか。そして一発かましてやる。思わずそう思考を巡らせる。
 ナマエが生き生きとしているのは、アダムは眼にしたことがなかった。彼の前では、ナマエはいつだって身体を震わせ、恐怖し、すすり泣いていたからだ。見たことのない笑顔。彼はそれを見た途端、形容しがたい気持ちが湧き上がってきた。
 だが、やはりそれ以上に憎悪が勝る。そして歯を食いしばりながら「あの甘ったれビッチ、早く思い知らせてやらねぇとな……」と呟いた。
 チャーリーは、本当はヴァギーのみではなくナマエも天国に同行させるつもりだったのだが、そうすると余計に話が拗れそうだったので、彼女は待機させることにしていた。そうしてセックスバーに行ったナマエたちの光景を天使たちに公開している。
 ナマエがアダムと面と向かえばどうなるかは、ふたりの関係性を知っているものならば、避けるべき展開であると承知していた。この場合、リュートがそれに該当する。彼女はナマエがこの場にいなくてよかったと、人知れず安堵していた。彼が聴聞会で暴れることは回避したかった。エクソシストはまだしも、ほかの天使を巻き込むのは本意ではないのだ。ナマエと対面した暁には、アダムは怒りに身を任せ、支配しようとするであろう。そしてその予測は、強ち間違っていない。

「エンジェルダストは昇天する条件を満たしています!」

 自信満々にそういうチャーリーに、アダムはカチンときた。ナマエが心ゆくまで酒を堪能し、性欲にまみれた顔も名前も知らないような奴と絡んでいるのを眼にしたことにより、虫の居所が悪かったからとも言える。
 穢されていると、そう思ったのだ。アダムは己の仕打ちを棚に上げてそう思案した。

「だったらなぜ昇天しない?」

 吐き捨てるようにして放たれたアダムのその発言に、辺りが静寂に包まれる。この場にいる大抵のものが、悪魔の魂が救済されたのちに昇天する方法を知らなかったのだ。それは更生できるか否かという以前の話だった。
 チャーリーは衝撃を受けた面持ちをし、思わず閉口する。
 そこで、エミリーが声を上げる。エンジェルダストは確かに昇天する条件を満たしていると。それなのになぜ天国へ来られないのかと。セラにそう訴えると、彼女は事態は複雑で、そう単純なものではないのだと言われた。
 悪魔の魂は救済できない。ゆえに、天国へ行くことができない。地獄に堕ちた時点で更生の余地はないのだ。アダムとリュートは力強くそう主張する。その流れで、エクスターミネーションが一ヶ月後に施行されることを暴露してしまった。当然、エミリーは驚愕し、言葉を失う。
 エクスターミネーションは、エクソシストにしか知り得ない。天使の知らないところで、大虐殺が行われているのだ。口を滑らせてしまったのは明らかな誤算だった。
 だが、魂が救済されて昇天することが、口で言うほど軽易な話ではないことも明らかだった。簡単に判断し断言することができないのだ。加えて、軽率に行動に移すこともできない。
 チャーリーとエミリーの“悪魔も救われる権利がある”という発言に、参加している天使たちが議論を始める。魂の救済に関して、先入観が変わりそうだった。正義のために悪魔を駆除することは正当化できない。悪魔も昇天する権利がある! チャーリーの答弁に、みながそれに気がつきつつあった。
 そこで、不穏な動きを見せるアダムに嫌な予感がしたヴァギーは、チャーリーに帰還しようと言った。しかしチャーリーはもう少しで説得できると確信しており、首を左右に振る。あと一歩のところまできて、思わず勝利を収めたかのような感覚を抱く。彼女は手ごたえを得ていた!
 すると、それに苛立ちを覚えたアダムが、ヴァギーの肩に手を乗せる。そして彼女がエクソシストであった際の映像を流した。元々、彼女の正体を明かすつもりではあったのだが、チャーリーに主導権を握られていることが面白くなかったのだ。
 チャーリーは愕然とした。信じられないものを眼にしたのだ。絶望と悲しみに苛まれ、顔を歪ませて地面に膝をつく。アダムは反応を見て、意気揚々と笑い声を上げる。
 裏切られた気分だった。恋人であったのに、信じていたのに、正体を隠されていたから。己の行動に共感し支えてきてくれたことは建前だったのか。ともに手を取り合い前に進んできたと思っているのは己だけだったのか。そんな様々な負の感情と推測があふれてくる。
 やがて、その光景を眼にしていたセラが、地獄の魂が更生できる証拠がないと言い切った。

「私の勝ちだクソアマ!」

 アダムが歓喜の声色でそう言う。

「お前のホテルから駆除してやる」

 アダムはチャーリーの前に立ち、断言した。チャーリーは悲観した面持ちになる。それに、ちょうどナマエがホテルにいるのだったら、連れ帰るのも手間が省けていい。チャーリーはやめてほしいと懇願するが、アダムはフィンガースナップして地獄への扉を開ける。チャーリーとヴァギーが強制的に吸い込まれる直前、アダムは「ナマエも回収させてもらう。なにをしてもどうせ徒労に終わるんだ。せいぜい足掻くんだな、かわいこちゃん?」と、喜色満面に追い打ちをかけた。
 そしてふたりは、なすがままに地獄へと帰還したのだ。


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