あの空の宇宙みたいな深い紺色に 茶色の土星を絵の具で描いたみたい。そんな簡単な宇宙をとじこめたチケットをにぎりしめるわたしの手には、汗がひとすじ、こぼれるのだった。通い詰める・というほどではない。気がつけば足がそちらへ向いている、という言葉のほうが似合う色をしていると、思う。おいしいパン屋さんが近くにあるとか、おばあちゃんちに、すこし、近いとか、そんな風な事実もわたしが夏休みにこのさびれたプラネタリウムへ足を運ぶ理由のひとつのような気がする。今日も、おうちのひとつ前のバス停でおりる。反応の遅い自動ドアをくぐって 金色の硬貨をひとつと引き換えに、わたしは宇宙のきれはしを受け取る。



「高尾くん、補修は終わった?」
「うん、今終わった」
電話越しの爽やかな少年の声は、夏によく似合う。プラネタリウムを一歩でたコンクリートの道は焼けるように暑くて、わたしは日陰を選びながら歩く。


「よっ ほっ、わっ。」
「なにしてんの?」
「危険を避けてるの……じゃ、なくて、あのね、」


「プラネタリウムに行ってたの」
「プラネタリウム?プラネタリウムなんか、あったっけ?」
「うん、あるの、この街にいっこだけ、ひみつのやつ」


そんなことを言いながら、今度、高尾くんにも教えてあげようなんて。ちぐはぐに、考えてみる。今まで隠してたわけじゃないけど、なんとなく誰にも言わないでおいたプラネタリウムはお利口に 誰にも見つからずに隠れていたみたい。きっとあの受付のクッキーの空き缶にはいつもわたしがいれる金色の硬貨だけ。あの宇宙のきれはしのチケットは、毎日わたしのぶんだけ、空から切り取ってきていたんだろう。あっ そろそろ日がくれるね。そうだなあ、と夕焼けに引っ張られた返事が受話器から聞こえてくる。


「プラネタリウムかあ、じゃあ、今度一緒に行こうな」
「うん、いいよ、約束ね」
「プラネタリウム、きれい?」
「もちろん。高尾くんとふたりでも数えきれないくらい星があるよ」
「へえ」
「そうだねえ、あとね、涼しいよ。オレンジジュースのみながらみると最高だし」
「そっかあ、そりゃあ楽しみだな」
「うん、とってもたのしみ!」


交わし合うのは きっと声だけじゃない。届くのは やさしい低い音だけじゃない。夏は不思議だ。いろんなものを、すん、と簡単に伝えてしまう。


「ひとつ、ふたつ、みっつ……」
「ん?」
「星がでてるの 空にも」


みて、と自分の声が受話器の中でこだまする。んあ?と間抜けな声をだして、きっと高尾くんはわたしとおなじポーズだ。


「やっぱ東京は星が見えねーなー」
「ううん、でも、やっぱりこっちがいいかも」
「え?」
「こっちの宇宙のほうが いいかなって」


だって、きっともうすぐ会えるもの。
合図みたいに、からからと自転車のタイヤが回る音がする。


駆け寄る足音 寄り添う影は薄くなる。でも、きっとわたしたち 迷子にならない こわくない。わたしのあの空き缶のなかの宇宙に高尾くんもご招待 ようこそわたしたちのちいさな宇宙へ。


「おかえり」
今度この宝箱をあけるのは、わたしたちが、きっと、あのひとつの星みたいになるときでいいね。