ふ、と目を覚ました。カーテンは白い光を柔らかく通していて、オウカは珍しく午前中に目覚めたらしいことを知る。
冬のシンオウ地方は雪が降って積るだけなんて可愛いものではなくて、太陽が出ているにも関わらず気温が0℃を下回るのは当たり前、むしろ太陽は仕事放棄で灰色の雲から雪が降って、溶ける瞬間すらなくまた降って、飽きるほど雪が降って、家を埋めたくて仕方がないですとばかりに一面真っ白にしてもまだ足りないと降るのである。
そんな中、元から寒さに弱いタイプに生まれたオウカは気温が10℃前半辺りでかなり意識がふわふわしており、一桁になると動きが鈍くなる。鈍いと言うよりほぼ動かない。気温が0に近付けば近付くほど体が冬眠体制になって寝てしまうので、オウカの意識が危なくなった時点で真麻が家中の暖房のスイッチを入れて回る。電気代とかガス代とか、そんなものを気にしている場合ではない。気にした瞬間に次パートナーと会話できるのが数ヶ月先になってしまう。
そもそもきちんと稼いでいるのであまり気にしていないが。
草タイプと暮らすには色々と覚悟が必要。特に冬眠する種族へのケアには神経を使うのだ。

「…家が静か、だな」

乾燥した部屋に寝起き特有の掠れ声が落ちる。
かなり早い就寝でたっぷり睡眠を摂ったオウカが、それでもまだ眠たい頭を振って嫌々布団から抜け出てどうにか部屋を出れば、薄暗い廊下と対面した。ゴウゴウと響く音と温かな空気に廊下の暖房が入っているのを確認し、ノロノロ階段を下る。リビングへ向かう途中、玄関に目をやれば自分の含めて一軍の靴が残っている。しかしリビングの電気が消えていて、光を通す開け放たれたカーテンの向こうは見飽きた真白のみ。眠い目を擦りつつキッチンを覗けばヤカンがコンロに置かれているが、かなり前に火が落とされたのだろう、すっかり温くなってしまっている。テーブルに置かれた飲みかけのマグカップが2つ、くん、鼻を動かして片方からコーヒーの焦げた匂いを確認した。
リユキが飲んでいたのだろうか。

「…誰もいないのだが」

オウカに配慮して暖房のスイッチを入れたまま、オウカを除く5体の手持ちと真麻が出かけているようだ。
しかし靴は残っていて。

「…雪、長靴、か?」

心底嫌そうな顔をして、オウカは怖々冷気を放つリビングの窓へと立ち、ぐっと目を凝らす。見たくない真っ白の先、ひょろひょろ動く小さな黒を見つけた。真麻の頭である。その隣にある紺の頭はリユキか。よくよく見れば太陽の光と雪の照り返しで色が飛んでいるが、薄いオレンジが見え、こちらはライルだろう。その奥には鳶色、キリカである。
せっせと動く真麻の頭以外はシンオウ組の視線が足元に向いているので、何かトラブルがある訳でもなさそうだ。彼らに見つかると外に出なくてはならなくなる可能性があるため、このまま見なかったフリをして二度寝を敢行するかと鈍い頭で考えていると、その思考を読んだようにリユキが振り返った。
かなり離れているにも関わらず目が合ったと確信した。その証拠にリユキが顔を動かさず何やら口を動かして、次の瞬間真麻が勢いよく振り返ってそのままこちらに駆けてくる。一呼吸置いてあわあわとライルが後を追ってきた。

「…」

二度寝の計画は消滅した。しかもこの窓を開けなければいけないかも知れない。ただでさえ隙間から冷気がじわじわと侵入しているのに、開けたら部屋の温かな空気が抜け出て0℃以下の空気とこんにちはである。
絶対嫌だ。
いつもより多く眉間に作った皺で真麻に察して貰おうと思ったが、察する技術が及第点以下の真麻には通じず、駆けてきた勢いで予想より豪快に窓が開けられ、予想した通り死ぬのではないかと思うくらいの冷たい空気と対面した。
曇った頭が強制的にクリアにされる。まあ数分もすればさっきとは比べ物にならないくらい眠くなるが。

「オウカちゃん、おはよー!」

「…おはよう、ございます…」

「眠そうだね!」

「貴女は、…お元気そうで…」

「うん!!」

嫌味は通じないタイプである。
ニコニコご機嫌の真麻は寒さに頬を赤くして、いつも通りの薄着だった。隙間だらけのオーバーサイズ過ぎる男物のコート、マフラーもない。足元だけは長靴で雪装備だ。
見ているだけで寒い。

「こんな雪の日に…何を?」

「遊んでたー」

「はあ…?」

「雪だるまをね、作ってー」

ちょいちょいと先程まで自分がいたところを指差しながら説明を続ける真麻の後ろから、ようやく到着したライルがリユキ達を手招いている。真麻の言葉に相槌を打ちながらそちらに視線をやれば、リユキが何やら持っていた。
それを真麻の頬に容赦なくくっつける。

「つっめた!!」

「まあ雪だからな」

「…なんだ、それは」

「お前」

「は?」

現在進行で冷たい空気がリビングに運ばれているので、少しずつ頭が鈍ってきているが、さすがに雪塊片手に意味のわからないことを言われれば片眉を跳ね上げ不快そうな顔にもなる。それにおかしそうにリユキは笑って、膨れた頬を撫でる真麻に雪塊を振った。

「なー真麻、これオウカなんだよなー?」

「ん、そう!」

「はい?」

「ドダイトス!」

「はあ…ドダイトス?」

雪塊に目を凝らしてもただの雪塊である。渋面に困惑の色が混ざりリユキやライルに視線が移るが、リユキは口元を手で抑えて笑っているし、ライルは肩を竦めている。1番後ろで仕方がないとキリカが眉を下げて雪塊を指差した。

「ここが体で、こっちは頭…これが背中の大樹。わかる?」

「…いや」

「マスター、造型苦手だから…」

「でも今まで1番上手じゃん!?」

「そうかな…?」

ドヤ顔の主人にますます眉が下がるキリカにオウカは言われた部分を見るが、やはりただの雪の塊だ。そもそも亀っぽいところがない。
笑いすぎてゲホゲホ咳き込んでいたリユキが涙を拭いながら親指で背後を示す。

「あっちに俺達も揃ってるぜ、どれが誰かわかんねぇけど!あとで並べとくな!」

「…そうか」

「ってゆーか、寒い!」

「マスター、その格好なら当然でしょう。風邪引く前に家に入りましょ。あとオウカの目蓋落ちかけてるから、先にここ閉めましょうか」

瞬きが増えて立ったまま眠ってしまいそうなオウカから真麻を引き離し、ガラガラと窓を閉める。閉めたところですぐに暖かい空気が増える訳ではないので、未だ冷たい空気がオウカに絡みついていた。眠気に体が弛緩を始めているが、このまま眠れば倒れるのは分かり切っているので、上手く動かない足を動かしどうにかソファに座り込んだ。
そのタイミングでリビングの扉が開き、先程と同じく真麻が弾丸のようにオウカに突っ込んでいった。ゴス、重たい音が響く。

「オウカちゃん、だいじょ…ぶじゃないね!?なんだこれ、ほっぺ超冷たいんだけど!?」

「お前も十分冷たいんだよ、その冷え切った真っ白な手で触るのは拷問だからやめてやれ」

「オウカちゃん生きてる!?」

「だからやめろって」

オウカの頬を叩き続ける真麻をリユキは力付くで引き剥がし、横で待っていたライルに渡す。キリカは暖房の温度を上げ、手近にあったブランケットをオウカにかけてやった。真っ白な顔を覗き込めば既に意識を手放していたので、両腕でバツ印を作る。

「だめ、もう寝てる」

「じゃあこのまま寝かすか。真麻は風呂で温まってこい。ライル監視任せた」

「了解、任された」

「わっつ!?」

女性の細腕とは言えポケモンの腕力である、冷え切っている真麻を抱き上げてライルが風呂場に向かう。抵抗しようかと脚を動かしかけて、このまま落ちたら自分の腰にダメージがくることに気が付いた真麻が、ぎゅっと顔を真ん中に集めて抗議している。しかし取り合わられずそのまま風呂場に連行された。
キリカは追加で毛布をオウカの上に積んで、ホッカイロを包んだタオルを腹や脇などに括り付けていた。これで体が温まって上手くすれば冬眠モードに入らずに数時間で起きてくるだろう。
冬眠モードに入ってしまえば数日は起きてこないが。温まった体が春だと錯覚するまでどうしても数日の誤差があるのだ。
リユキが覗いた窓の向こう、放置されたオウカを模したと言う雪塊が太陽に照らされ、てろりと溶け始めていた。
目覚めぬパートナーに騒ぎ立てるだろう真麻を思うと頭痛がするので、そこの溶けかけの分身と同じくさっさと起きてほしい。

夢現と雪解け(2月/あとがき)



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