太陽に溶けそうな薄い水色髪を靡かせながら少年は雪山を駆けて行く。膝の出ている脚を雪に突っ込み小さな溝を作り、悲鳴のような歓声を上げてテンション高く行ってしまった。足元の雪に難儀していたエルサが視線をやった頃には、既に枯れ木に木霊する声のみで姿が見えない。嘆息してできた溝を伝って追いかければ、柔らかい雪の上を笑いながら転げていた。
少し心配になるくらいの喜びようだ。
「フィオー、大丈夫ー?」
「なーにーがー?」
「大丈夫かな、この子…」
帽子は転げて雪に埋まっているし、クリスフィオ本人は雪まみれだ。氷タイプであることをわかっていても、半袖半ズボンでコートなしの姿は見ているこちらが寒い。今すぐ毛布をぐるぐる巻きにして暖炉の前に放りたい衝動に駆られる。
そんなことをすれば目の前の少年は物理的に溶けてしまうかも知れないが。
「エル?」
きょとんとこちらを見上げる丸い目に首を振って、エルサは髪に付いた雪を払ってやる。指先から前髪が零れて溶けかけた雪が落ちると、クリスフィオはフルフルと頭を振って雪を飛ばした。完全に動きが小動物のそれで、おかしそうにエルサは笑って手を差し出す。パッと少年の顔が明るくなり、嬉しそうに手を掴んで立ち上がった。
笑顔でグッと拳を握る。
「涼しくていいね!」
「これを涼しいって言うの…。いや、人間を基準に考えちゃダメよね…」
シンオウ地方の雪山で半袖半ズボン、その状態で涼しいと宣う少年と反対に、エルサは厚着をしてなお体の先端から寒気が忍び寄ってくる気がして、手袋に包まれた手を開閉する。冬場は手持ち達が大喜びするのでよく外に出るが、それにしたってクリスフィオの先程の喜びようはどうなのだろうか。
未だ体中が雪まみれである。
パシパシと服に付いた雪を払っていると、ボールの開く音とドスン、と背後で重たい音がした。振り返らずともこの音はヒイラギが出てきたのだろう、と当たりを付ける。粗方はたき終わって振り返れば、きょろきょろと周りを伺う巨体の足元に欠伸をする青年が1人。
音で気が付かなかったがレヴォンも出てきていたようだ。
「レヴォーン!」
「なにー」
スラッとした細い体にピッタリとしたスーツ、青みを帯びた白髪を揺らして、レヴォンはキャーキャーとテンションの高いクリスフィオの頭を撫でる。この2人は相性は良くないが仲は良い。クリスフィオの遊び相手は大体レヴォンだ。手持ち内で年若いレヴォンからしても、年上ぶれる相手がこの幼子である。
レヴォンは落ちていた帽子を拾って頭に乗せてやる。
「雪まみれじゃん。マスターに払ってもらっちゃってさ、迷惑かけないでよ」
「ちーがーいーまーすー!エルは好きで僕のお世話してるのー!」
「なんなのこの自信」
「まあ間違っていないから困るな」
とにかくパートナーの世話を焼きたがるエルサなので、クリスフィオのやることなすことが偶然なのかわざとやっているのか判別が付かない。
口を尖らせたレヴォンに膨らんだ頬をモチモチと触られながら、握った拳を振るクリスフィオは、ねー!とエルサに同意を求める。
前後を背丈の高い者に挟まれたパートナーが尚更小さく見え、しかもむにむにと頬を指先でつつかれる姿は大変愛らしい。嫌がっていないので止めないが、その内穴が開いてしまったらどうしよう。
「…家に帰ったらお風呂入ろうね」
「さすがにお風呂は僕が入れるからね!?」
「いやいや、一緒に入らないよ…レヴォンよろしくね?」
「もちろん任せて!ピッカピカにして見せるよ!」
「なんか僕が宝石みたいなこと言う…」
むう、膨れた頬を再度モチモチとつつかれてクリスフィオは頭を振る。飛んできた雪の欠片にレヴォンが嫌そうな顔をしたのに舌を見せて、無言で森の奥を見つめるヒイラギを見上げた。
「何か見つけたー?」
「いや…この奥は確か、きのみが成る木の群生地だったな、と」
「早く言おう!?」
食べ放題じゃん!?とぴょんぴょん跳ねるクリスフィオに呆れたようにヒイラギが見降ろす。
「この地域のポケモン達の食料だろう、あまり頂くのはな」
「分かってますー!ちょっといつもより多く貰うだけですー!」
「食べ放題とそこに違いはあるのかな…?」
「まあ、群生地はきのみが余るから広がる訳だからな、多少多くても…大丈夫、か?」
「自信ないんかい」
「ねぇエルー?僕きのみ食べたーい!」
跳ねたまま器用にエルサに近付きそのまま抱き付いて、クリスフィオは渾身の甘えた声でねだる。上目遣いで瞳を潤ませ愛らしく小首を傾げ、ね、と追加で小さく呟いた。
エルサの顔が盛大に歪む。
「か、かわ…可愛い…!!私のパートナーがすっごく可愛い!!」
「ねえ、マスターがちょろい」
「…指を差すな」
幼子を抱き上げて頬擦りするエルサにレヴォンが不服そうに指を差し、その指を握ってヒイラギがやんわり下げさせる。一方、トレーナーに構って貰って嬉しいクリスフィオはドヤ顔だ。尻尾がパタパタと激しく動いている。
散々騒いで一旦頬擦りが落ち着いたエルサの頬に唇を押し付けて、先程ヒイラギが見つめていた先を差し示す。
「行こ?」
「いいよー!」
「ねえヒイラギ」
「分かった、分かった。お前が不満なのはよく分かったから。だからそんな怖い顔をするんじゃない」
ヒイラギが宥めるようにレヴォンの肩を柔く叩くと、バッサバッサと9つの尾が不満を訴え地面に叩き付けられる。
エルサがクリスフィオに心底甘いのは今に始まったことではないだろう、その綺麗な顔を歪ませると表情以上に怖いのだから、とボソボソ言葉を続けるヒイラギの背後、振動で舞い上がった雪にまたテンションが上がったクリスフィオがキャーキャー悲鳴を上げていた。
「レヴォンもっかい!」
「…僕怒ってるんだけど」
「なんで!?」
「…もういいや」
自己肯定感高め、比較的ポジティブに考えるクリスフィオは、ひらひら舞う雪にレヴォンに遊んでもらっていると思っているようだ。エルサは苦笑いを浮かべているのでレヴォンの不満に気付いているようだが、現在はパートナーを優先しているので特にフォローが飛んでくる様子はない。唇の尖ったレヴォンにあとでね、とジェスチャーをして、ヒイラギを見上げた。
「案内してくれる?」
「ああ」
「レヴォン!レヴォン!もっかいぃ!」
「…はいはい、お前のそーゆーとこは好きだよ」
「僕もレヴォン好きだよ!」
「えー、ありがとー」
ほぼ棒読みのレヴォンの言葉に笑顔で頷いて、クリスフィオはグッと拳を握る。
「エルが1番だけど!!」
「…ほんとそーゆーとこ!」