「ん…甘い匂いがする」

ようやく気温の下がったカントー地方、開け放たれた窓の傍で真麻がすん、と鼻を鳴らす。気になるのかすんすんと繰り返す横で、ライルが窓の外を覗いた。

「金木犀ですねー、シンオウにはないので嗅ぎ慣れないですよね」

「キンモクセイ、って、オレンジ色の?」

「そうです。でも去年はこの辺りにはなかったはずなので、どこかに植えたのかな?」

きょろきょろとライルが窓から顔を出してオレンジ色の小花を探すが、見える範囲には見当たらない。それもそのはず、トキワの森に自生する金木犀はないはずだ。そうなると、近くの民家で新たに植えたと言うことになる。香りはかなり強い部類なので、こんな辺鄙なところまで香ってくるのだろう。

「うふふ、いい匂いだねー」

ご機嫌に真麻はくんくんと繰り返していた。そう言えば何をやっていたのかとリユキがその手元に散らかった紙とペンを覗いて見れば、何やら数字が書き連ねてある。近くで今度小規模な大会がああり、それように手持ちの調整をしていたので多分それ関係だろう、と完全に飽きて続ける気もない様子に軽く片付けてやる。
調べた限りでは真麻以上の実力持ちは出場しないようだったので、きちんと勝って帰るのだろうし。
片付けるリユキを見てライルは休憩の準備を始める。休憩と言っても飲み物と軽食を並べるので実際は昼食だったが。
紙束をテーブルの端にまとめてふと、リユキが顔を上げる。

「オウカは?」

「知らなーい」

素っ気ない真麻の声にライルも首を振った。さっき部屋にもいなかったしな、とリユキも首を傾げる。珍しく行方知れずになったパートナーにちらとも気をやらず、真麻は目の前に置かれたサンドイッチにユラユラと頭を揺らしていた。
トレーナーが気にしていないのでまあいいか、と2人も席に着いて手を合わせたその時、ガタゴトと玄関で物音がした。

「頂きまーす」

手持ちが視線をそちら側に向けたのに気にも留めず、真麻はサンドイッチにかぶり付く。この家に勝手に入ってくるのは手持ちぐらいとわかっているからだ。彼のトラブルメーカーの友人ですら呼び鈴を鳴らすのだから。
ガタゴトと続いている音にリユキが眉を顰める。レントラーは透視能力を持つので扉の向こう側が見えたのだろう。小さな舌打ちの後、立ち上がってリビングの扉を開けた。その先に濃い緑の葉とオレンジ色の小花が見える。
ずっと香っていた甘い匂いが強くなった。

「キンモクセイ!」

サンドイッチ片手のまま、真麻が指差す。その口元に付いたソースをライルが拭って、金木犀の枝を数本抱えて扉をくぐってきたオウカに視線を向けた。

「どうしたの、それ」

「トキワの森のすぐ外、そこに家があるだろう。そこに新しく金木犀を植えて、上手く根付かずに半分枯れたらしい。家主がお手上げだと言うから生きてるところをいくつか切ってもらってきた」

「もらってきたって、どうすんだそれ?」

「金木犀は挿し木で増える。つまりはこのまま植える」

バサバサとソファに転がした枝から小花が転がり落ちる。動いた空気と共に甘い香りがリビングいっぱいに広がって、もぐもぐ口を動かす真麻がにやーと口角を上げた。
どうやらふわふわと漂う香りを気に入ったようだった。
オウカが世話をするとのことで、誰からも異論は出ない。カントーの家の庭、シンオウの家の屋上はそうやってオウカが揃えた植物が並んでいた。それが数本増えるだけである。
真麻に至ってはこの甘い香りが増えるとの部分しか頭に残っていないらしかった。相変わらずの残念さ具合である。

「主人、上手く根付いたらシンオウの家にも持って帰りましょうか」

「ん!」

ご機嫌で咀嚼を続ける真麻の横の窓から入った風が小花を揺らす。絶えずふわふわと広がる香りに花茶もいいですね、とライルの言葉に、再び真麻の首が傾くこととなった。

黄金花、実る(10月/あとがき)



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