時は夏、燦々と降り注ぐ日差しを避けるように暗い色のカーテンを引かれた窓側から最も遠い場所に置かれた柔らかなソファ、その上ででろりと溶けんばかりに四肢を投げうつ伏せに寝転がる少年が1人。萎れたように垂れる耳と尾が時折ぴくりと痙攣する。
正に死にかけ。直接冷房が当たるその場所で、涼やかな色の髪だけが優雅に揺れている。
それを眺めて、エルサは壁にかけられた室温計に視線をやった。

「…フィオ、まだ暑い?」

「あつい…しんじゃうかもしれない…」

「…グレイシアって、そんなに暑さに弱かったっけ…?」

きょとり、記憶を辿るが生憎とそんな記述は見たことがない。しかし、手持ちの氷タイプ達は軒並み暑さに弱いので、学術界隈では常識のためにわざわざ記載などしない、と言うことなのだろうか。ぜひ知らない人間のために書いておいてほしいと思いながら、もう一度室温計を確認する。
室温18℃、人間的には冷房の風込みで少し寒いくらいだ。

「…何か飲む?」

「つめたいの…」

か細い声にエルサは眉を下げる。イーブイの時は真夏も真冬も外を駆け回っていたのに、グレイシアになってから途端に熱に弱くなってしまった。これから先、夏の暑さに溶けてしまったらどうしようか、と思いながら冷えた紅茶に氷を投下していると、きゅるる、と甘えた声を出して脚にまとわりつく生き物がいる。

「レヴォン」

「きゅうー」

銀雪に紛れてしまえる程の薄い薄いアリスブルー、ほんの僅かに冷気を纏う艶やかな毛並みを撫で上げれば、嬉しい、と鳴き声が上がる。それに対してクリスフィオから唸り声が上がれば、挑発するようにクルクルと喉を鳴らした。

「レヴォン、フィオをいじめないの」

「…エルもなんなの、そんなに一所懸命たくさん撫でて、お高く止まった狐がお好き?僕のことは遊びだったんだね」

「フィオー」

「きゅるぅー」

「いいんだ、いいんだ、僕なんてその内溶けちゃうんだから」

拗ねたような声と小さくソファを叩く手にエルサはため息を吐く。滴の付いたコップをテーブルに置いてソファの空いたスペースに腰を降ろすと、クリスフィオの頭を撫でた。ひく、と肩が震えて少年の片目が細く開く。

「…ご機嫌取りしたってダメなんだからね」

「ううん、私がフィオの髪に触りたかっただけなの」

「…そ」

「うん」

さらさらと頭皮を指先が撫でてそのまま髪を揺らす。心地良さそうにパートナーの口元が弛むのを見て、エルサも笑んだ。
一方、拗ねて暴れた際に足元にころりと転げたクリスフィオの帽子を咥えて、レヴォンと呼ばれた白銀のキュウコンが不満そうに頭を振る。勢いよく吹っ飛んだ帽子は部屋奥、大きい一人掛けの椅子に座っているヒイラギの頭に当たった。
金属の帽子飾りが甲高い音を立てる。

「痛いんだが」

「きゅー」

ぺろり、前足を舐めるレヴォンにヒイラギが睨み付けるも、ツンと澄まし顔でレヴォンがそっぽを向く。それに威嚇音を出したのはクリスフィオだ。グルグルと低い音にエルサはとんとんとパートナーの額を叩く。

「フィオ」

「…エルにもらった帽子飾りを…!」

「…レヴォン」

「…きゅー」

人の姿をしていても中身は獣のそれ、カカッと歯を鳴らす動きは怒りの威嚇。手持ちの中で1番の年下でもパートナーとしてのプライドが高く、売られたケンカは買う主義だ。それに、仲は悪くないが相性のよくないレヴォンには容赦がない。
いくらなんでもおふざけが過ぎる。エルサの低い声で呼ばれた名に、小さい頭が地に伏せられた。
降参の動きだ。

「…レヴォンがごめんなさいって」

「でも壊れちゃってたらどうするの!?」

「無事みたいだぞ。そら」

「だから投げないで!?」

ヒイラギから投げ返された帽子に慌ててクリスフィオが手を伸ばす。なんとか掴んだ帽子には、曲げも欠けもしていない銀色がキラキラと室内灯の光を跳ね返していた。
ほっと息を吐き出すパートナーの頭を撫でながら、エルサは足元の狐を睨んでおく。レヴォンは耳尾を平たくしながらきゅーきゅー鳴いていた。
エルサは自他共に認めるパートナー至上主義である。クリスフィオへの対応は冬場御用達の砂糖マシマシのジャムより尚甘い。
自分には寒くても冷房はガンガン入れるし、手ずから飲み物も淹れるし、なんなら口元まで菓子も運ぶ。

「フィオ、あーん」

「あーん」

当たり前に口を開けるクリスフィオにヒイラギは呆れたように視線をズラし、レヴォンは眉間にこれでもかと皺を刻みながら睨む。エルサは口端に付いたかすを払ってやりながら幸せそうに頬を弛ませていた。

多分周りが熱で溶ける(7月/あとがき)



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